一緒にいようよ 46

第四章


だが、その一方で剛志にまんまと騙された気がしないでもない。
イギリス赴任が決まったものだと思い込み、
あんなに動揺していた自分を、素知らぬ顔で見ていたのかと思ったら、
猛烈に腹が立ってくる。

「あーっ、クソ! 失敗した……っ!」
朝食の後で工房に入り、
金床で鉄を打っていたのだが、力が入りすぎたのか、
パキンといびつに折れてしまう。
咲は悪態ついて傍らに捨て、そのまま槌も片付けた。
鍛冶仕事の出来不出来は、鍛冶師のメンタル面が如実に影響してしまう。
今日は仕事にならないと、炉の火を消して表に出てきた咲は、
工房の戸に鍵を差し入れた手を凍りつかせた。

「……咲」
珍しくダークグレーのスーツを纏った剛志が、驚いたように工房の前で足を止めた。
咲もまた、思っていたより早く戻った剛志に面食らい、
呆然とその場に立ち尽くした。
束の間互いに牽制し合い、見つめ合っていたものの、
剛志が手に下げていた紙袋をぶっきらぼうに差し出した。 

「これ。久しぶりに町まで出たから、買ってきた」
「え……っ?」
「大和屋のプリンとシュークリーム。好きだろ? ここのプリンとか」
剛志は咲が町に出るたび買って帰るスイーツを平然と咲の胸に押しつける。
咄嗟に受け取り、礼を述べてしまった咲は、毒気を抜かれて眉を下げた。

「えっ……と」
ともかくこれを冷蔵庫にと思いながら、母屋に剛志も招き入れた。
剛志もこの家の主人よろしく靴を脱ぎながらネクタイを緩め、
咲に案内される前に、さっさと居間の座敷に入っていく。
その悪びれない姿に怒りを再燃させた咲は、冷蔵庫に紙袋ごと突っ込んで、
廊下を踏み鳴らしながら居間の座敷に戻って怒鳴る。

「何だよ、お前! 養成学校の日本校って。
イギリス赴任するんじゃなかったのか!」   
咲が座敷に乗り込むと、剛志は胡坐をかいて座椅子に座り、
勝手にテレビもつけていた。
そのまま落ち着き払って振り向かれ、咲の方が言葉に詰まってたじろいだ。
「……留守伝で怒ってたのも、その話?」


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一緒にいようよ 45

第四章


「そっか……。でも、本当にありがとう。
いろいろ配慮してくれて……」
何が何だかわからなかったが、
これから外出するというニックをこれ以上引き止めているのも憚られた。
咲は、ともかく剛志と話しをしてから、
改めて校長に返事をさせてもらうとニックに答える。
「わかりました。では、校長にもそのように伝えます」
咲の家の玄関を出て、軒先でニックが不意に振り向いた。
「良かったですね。咲」
肩越しに涼やかに微笑むと、ホームステイ先の剛志の家がある方へ、
無舗装の田舎道を戻っていった。

その背中を見るともなしに見送って、
咲は自分の家に戻り、玄関に一番近い座敷まで来て座り込んだ。
「……どうなってんだよ、本当に」
アンジーと恋人同志になったから、イギリス赴任を決心したんじゃなかったのか。
考えれば考えるほど混乱し、
収拾のつかない怒りになって剛志に向かう。
咲は携帯で剛志に連絡し、留守伝に怒号を吹き込んだ。

「てめえ! 帰ってきたら俺ん家に来い!
わかったか。いいな。絶対だぞ!」
これ以上ないほど声を荒げて携帯を切り、座敷の真ん中で大の字になった。
次第に頭が冷えてくると、
滅茶苦茶な怒りも困惑も潮が引くように収まった。
荒々しかった呼吸も凪いで、身体中の力が抜けた。

最悪の場合、イギリスで鍛冶講師になることができなくても、
剛志と離れずに済むかもしれない。
曇天の空から光の筋が射してきて、この身を照らしているようで、
咲は声もなく泣いていた。
しんと静まり返った座敷に、
可憐な小鳥のさえずりが耳にも胸にも心地よく響いていた。


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一緒にいようよ 44

第四章

「どうやら剛志が先日校長にした話というのは、
剛志がイギリスに行くのではなく、日本に分校を創設し、
そこで講師をさせてくれという要望だったようですね」
「えっ……?」
ニックは肩を小さく竦め、びっくりしたと言わんばかりに両手を広げる。
けれども咲は呆れかえって口を開け、
二の句が継げずに黙り込んだ。
剛志、イギリス、日本、分校という単語が、それぞれバラバラに
頭の中で踊っていた。

「やは、り咲と離れるつもりは全くなかったようですね。
生徒達が日本の茅葺き技術に大変感銘を受けていることは、
私からも校長に伝えています。ですから、いっそ日本に分校を作ってしまい、
生徒を日本に留学させた方が日本の技術を深く習得できるだろうと、
剛志に説得されたようでした」    
だから今、校長と剛志がその話を詰めているところなのだと、
ニックは苦笑を浮かべている。

それでもまだ咲の中には、それらの言葉が入ってこない。
剛志はイギリスに行くんじゃないのか。
日本校の創設なんて話は聞いていないと、胸の中で叫んでいた。

「……それで、剛志は」
とにかく剛志と直接話がしたい。やっとのことで咲が一言発すると、
ニックが眉をひそめて答える。       
「それが、今日は市役所に用があるからと、朝早く車で町に出ています。
帰りも午後になると言われたので、
私達も今日は一日県外に観光に行く予定にしています」
「じゃあ、まだ剛志と話はできてないんだ」
「はい。ですが、日本校設立の話はほぼ確定のようですし、
剛志もスタッフとして動き始めていることは間違いないと思います。
ただ、咲さんもイギリス赴任を希望されていた話までは、
剛志にもアンジーにも伝えていません。
特にアンジーは咲さんに対して感情的になりかねないので、
話がある程度まとまるまでは黙っていようと思っていまして」


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一緒にいようよ 43

第四章

咲はニックを土間に招き入れたが、
ニックは今ひとつ歯切れが悪く、顔色も冴えない。
「じゃあ、それとは別に何かあった?」
「昨日の咲さんの提案を、早速校長に通してみました。
私としてはぜひ実現させたい話ですので、
鍛冶職人の必要性をできるだけ強調したんですが……」
「……やっぱり反応悪かった?」
言いにくそうに語尾を濁したニックの言葉尻を奪うように、咲は不吉な予感を口にした。

やはりネームバリューも何もない田舎の鍛冶屋を雇うほど、
世の中そんなに甘くはない。
それが現実なんだなと肩を落としかけた時、ニックが声を大にした。
「……いえ! 校長もこの話にはとても乗り気で、
ぜひ咲さんと話がしたいと言っています。
ただ、ちょうど茅葺き職人養成学校の日本校の開設準備をしている所なので、
咲さんには日本で講師をしてもらうことになるかもしれない。
それでもいいか、本人に確認してくれと」
「茅葺き職人養成学校の日本校……?」
 
咲は棒読み口調で呟いて、訳がわからないと顔に書いた。
小首を傾げて瞬きだけをくり返す咲に、ニックも溜息混じりに眉を下げた。


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一緒にいようよ 42

第四章


翌朝ベッドで目が覚めた後も、咲は夢の続きを見ているような気がしていた。
浴室での鮮烈な射精は心も身体も蕩けさせ、
甘美な陶酔を咲に残した。
あいつはもう別の誰かのものなのに。
頭が日常モードになるにつれ、侘しさが胸に沁み出してきて、
思わず深い息がもれる。

「……何時だろ」
気怠く寝返りを打ち、ベッドのサイドテーブルにあるはずの
携帯を探った時だった。
玄関の呼び鈴が控えめに鳴り、反射的に飛び起きる。
携帯で時間を確認すると、まだ七時になるかならないかだった。

こんな早朝から気兼ねなく訪ねてくるのは、
朝の畑仕事を終えたばかりの老人達の急を要する修理の依頼か、剛志ぐらいだ。
咲は鼓動が逸り出すのを感じていた。
応答に出るべきかどうか躊躇っている間にも、また呼び鈴が鳴らされた。
「はい、すみません。今、行きます」
どちらにしても、きっと急ぎの用だろう。
パジャマのままで階段を降り、来訪者へと声をかけた。 

剛志だったらどうしよう。
あんなことがあったばかりだ。いくら何でも、さすがに剛志じゃないだろう。
頭の中では否定した。
けれど、あんなことがあったからこそ、剛志であって欲しいとも思う。
咲は頭の中がぐちゃぐちゃに混乱したまま俯きがちに足を速める。
もう正面には玄関が迫っていた。
引き戸に映る人影を見れば、剛志が村人達かどうかの判別はつく。

廊下の端までやって来て、初めて咲は顔を上げた。
玄関の引き戸のガラスには長身でスタイルのいい男の影が見てとれる。
その瞬間、心臓がぎゅっと握りつぶされそうなほど痛くなり、
足がすくんで固まった。
自分はまだ何かを剛志に期待している。求めている。
一縷の望みを託しているから、裏切られるのが恐かった。失望するのが恐いのだ。
それを思い知らされて、胸がはち切れそうになる。
だが、三度目のベルが鳴らされて、咲は自分を叱咤した。
とにかく戸を開け、出るしかない。
そこに誰が立っていても、何が待っているとしても、だ。

「……ごめんなさい。お待たせして」
と、引き戸を開け、恐る恐る隙間から外を伺うと、
アイロンの効いた白いシャツに紺のネクタイ。紺のスラックス姿の男が立っている。
「ニック……」
「おはようございます。こんな朝早くから、すみません」
玄関先でニックが軽く頭を下げた。
「メールではなく、直接会って話したいことがありまして」
神妙な声音で告げられて、咲は無理やり愛想笑いを浮かべて答える。
「そ……、そうなんだ。いいよ、上がって。こんなパジャマのまんまで
みっともないけど」
剛志じゃなくて良かったような安堵を一瞬感じた反面、
胸の中にじわじわと諦観の念が広がった。ほらね、やっぱりというやつだ。

咲は複雑な思いで顔を歪め、玄関の戸を開き切った。  
「昨日はごめんね。剛志が急に絡んだりして」
「いえ、そのことはもう大丈夫なんですが……」


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小説ディアプラス第27回チャレンジスクール編集部期待作・第1回BL小説大賞編集部期待作受賞。
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