向かい風を行く 25

第三章

なのに当の本人は、
運ばれてきたラーメンを豪快に啜り、塩唐揚げも涼しい顔で頬張った。
「ヨシキさん。ラーメンどうですか?」
「美味いよ。結構こってりしてんだな」
促されるままレンゲでスープを啜るなり、
すかさず甲斐に顔を近づけられてドキリとした。
どうやら口に合うかどうか、気にしてくれているようだ。

「うん。好きな味」
心配そうな甲斐を見て、ぐっと親指を立ててやる。
すると、目の前の不安げな顔が嬉しそうにほころんだ。
それきり甲斐も、ひたすら麺を啜っていた。
注文の品がカウンターに揃うまで、美貴は気づかずにいたのだが、
甲斐は、どうやら相当空腹だったらしい。
貪り食って食欲を満たす生き生きとした横顔を時折眺めているだけで、
自然に口元がゆるんでくる。
しかも、上品な見た目に反して甲斐は意外に大食漢で早食いだ。

「お前な。ちょっとは俺に合わせろよ。俺は猫舌なんだって」
焼き豚丼も唐揚げも瞬く間に完食した甲斐を美貴は、たしなめる。
何しろ甲斐はひと口がやたらに大きいのだ。
そういえば甲斐と一緒に飯を食うのは初めてだ。
だから、こんな事まで新鮮に感じてしまう。ワクワクする。
知れば知るほど嬉しくなる。
変な気持ちだ。
何の変哲もないラーメン屋で男二人で食欲を満たしているだけだ。
何の話もしていない。それなのに心が満ちてくる。

とはいえ甲斐に比べ、自分の丼には灼熱のラーメンが半分以上残っている。
餃子も手つかずのままだった。
食べるのが遅い美貴は人と食事をする時は、
大抵相手を待たせてしまう事になる。その間の相手の手持無沙汰な表情や、
無言の圧が苦手なのだ。
美貴が必死になって啜っていると、含み笑いが聞こえてきた。

「ヨシキさんって髪もそうだし、舌までやっぱり猫なんだ」
「うるせえなあ。俺は第一子なんだよ。しょうがねえだろ」
「そんなの関係あるんですか?」
「最初の子供は親が甘やかすだろう? 
食べ物も親がフーフーやって冷ましてからじゃないと食べさせねえから、
第一子は猫舌になるんだってさ」
「そういえば、俺は次男です」
「な? やっぱ、そうなるんだよ」
悦に入って声を大にした途端、甲斐が慈しむように眦をゆるめる。
そして、空になりかけた美貴のグラスに
冷たい水を注いでくれる。
まるで十年来の幼馴染みといるように、くつろぐ甲斐を見ていたら、
絞られるように唐突に胸が軋んで痛くなった。
 
自分といる事で甲斐が安らいでくれている。
その身を委ねられている事が誇らしくさえなっていた。
美貴は涙ぐんでしまわないよう麺を勢いよく啜り上げた。
最後は丼を持ち上げて、てスープも全部飲み干した。


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向かい風を行く 24

第三章

それなら行きたい店があると、言い出したのは甲斐だった。

『あの横断歩道を渡って』
『右に行って』
『少しこのまま、まっすぐに』
『こっちを左に入ったら、すぐ』
など、ルートナビよりそっけなく甲斐に案内されながら、
美貴は黙ってついて来た。

何といっても甲斐は祖父の代から遠戚に至るまで議員だらけの
政治家一族の坊ちゃんだ。
学生の甲斐に支払いを任せるつもりはなかったが、
美貴は心持ち不安になる。
外灯もまばらで人通りもなく、寂れた路地にある知る人ぞ知る名店か。
いかにも一見さんお断り風の料理屋だったら、どうしよう。
カードは持っているけれど、今月支払いキツイしと、
戦々恐々としていたら、肩を並べる甲斐がふいに前方の看板を指さした。

「ここです」
と、店の扉に掌を向けられ、美貴は束の間ぽかんとした。
最寄駅から若干離れた裏路地で軒を連ねる飲食店のうちのひとつ。
狭い間口にかかった暖簾は真っ白で、
店名が控えめに描かれている。
年期の入ったビニール製の軒下で油まみれの換気扇が回っていて、
入口の脇に設置された黒板に手書きのメニューを覗き込むと、
やはりメインは豚骨ベースのラーメン屋だ。
この時間はビールにも合う餃子や唐揚げ、レバニラなどの
つまみ系も揃っている。

「おい甲斐」
美貴は甲斐が別の店と間違えているんじゃないのかと、
本気で疑い、声をかけた。
けれど、慣れた様子で引き戸を開け、甲斐が先に入っていった。
半信半疑で美貴も暖簾をくぐったが、外観通りの内装だ。
赤く塗られたL字型のカウンターと、白い湯気が立ち上る厨房と、
ビニール貼りのスツールが、昭和の風情を感じさせた。

「お前。こんな店、よく来んの?」
威勢のいい掛け声とともに店員にカウンター席に誘導され、
美貴は甲斐の隣に腰をかける。
グラスの水とおしぼりを置いて去った店員に聞こえないよう、
『こんな店』の一言だけは小声にした。

「よく来ます」
「一人で?」
「はい」
「もっとちゃんとした所に行けとか言われたりしねえの? 親に」
「なんでですか?」
甲斐は不思議そうに眉を上げた。
怜悧で知的な切れ長の目が少しだけ丸くなるたび、可愛らしいと思ってしまう。
「なんで……って。いいトコの坊ちゃんなんだからさ。
体裁とかも、あるだろう」
答えながらも落ち着かなくなり、美貴は視線を泳がせた。
「国会議員の息子がラーメン、食べてたらダメですか?」
「ダメっていうか、イメージっていうか」
美貴が尻をもじつかせ、語尾を濁しているうちに、店員が注文を取りに来た。

「じゃあ、お前。なに頼む?」
「ここは醤油が美味いですよ」
「なら、俺はその醤油ラーメンと餃子」
「僕も醤油と、あと、焼豚丼の小と塩唐揚げ。お願いします」
それぞれ店員に告げたあと、メニュー表を戻すなり、
美貴は隣の甲斐に身を寄せた。

「……後さあ。榊原さんには寿司ねだっといて俺にはラーメンって。
いくら何でも気ィ使いすぎ」
榊原のようなカリスマ美容師ほどの財力はないが、
せっかくなら焼肉ぐらいは連れていってやってもいいと思っていたのだ。
仮にも年上なのだから。
「違いますよ。榊原さんが寿司でいいかって言ったから、
いいですよって言ったんです」
眉を寄せて否定すると、甲斐は水を飲み干した。
「それに、ここのラーメン美味いから。ヨシキさんにも教えたかったし」
ついでのように言い足して、おしぼりで手を拭いている。
そんな殺し文句をさらりと言ってのけた本人は、
新メニューの張り紙のチェックに余念がない。
次に来た時、何にするかを迷いながらも楽しんで、瞳をキラキラさせている。
隣で美貴は腑抜けのように脱力し、額からカウンターにつっ伏した。
 
いつも死んだ貝のように黙りこくっているくせに、
口を開けば可愛いセリフを垂れ流す。
その上、少年のままの精錬さと、少女の色香を併せ持つ
イケメンだという自覚も頭にないように、美貴の鼓動を無邪気に煽り立てていた。
こいつは悪魔だ。
正真正銘のタラシだと、胸の中で罵った。


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向かい風を行く 23

第三章

「だって今日、バイトないんだろう?」
尖った声が震えるほど、心臓がバクバクいっていた。
まだ息も微かに弾んでいる。
だが、それも慌てて走ったせいにしたかった。

甲斐に何も答えずに黙っていたのは拒絶じゃない。
一度に全部吐露されて驚いただけだ。
それだけだ。
お前を拒んだんじゃないんだと言いたかった。伝えたい。
その為だけに闇雲に甲斐を誘ってしまっていた。
 
それなのに甲斐はといえば息を詰め、
瞠目したまま、こちらを見つめているだけだ。
「……やっぱ何か、予定ある?」
美貴は顎を深く引き、上目使いに窺い見た。
答えようとしないのは断る理由を探している為なのだろうか。
自分なんかと二人で行くのは、気が重い。
相手が榊原ならまだ許せる。
榊原なら付き合いも長く、何より甲斐が指導を仰ぎ、尊敬している相手なのだ。
だからギリギリ許容範囲だっただけ。
自分なんか、重ねた時間の長さも重さも違うはず。
二人の間の沈黙が長くなるほど、美貴の中で刻々と不安要素が膨らんだ。

だとしたら、あきらかに口先だけだとわかるような、
言い訳だったら聞きたくない。
それならいっそこちらから甲斐に逃げ道を作ってやってやる。
バイトはないけど、他に約束があるからと、
いつものように答えてくれた方がいい。
ここで嘘をつかれるより、
作ってやった逃げ道を逃げていってくれた方が傷が浅くて済む気がした。
美貴は半ば諦めた。
返事がないという事が甲斐の本音だ、返事だと、
自嘲しかけた時だった。

「……はい。じゃあ」
という、おずおずとした声がした。
「えっ?」
美貴は弾かれたように顔を上げた。
その目の前で照れ臭そうに口元をゆるめ、甲斐が穏やかに笑んでる。
厚い雲から顔の前に射してきた光の筋が眩しいとでもいうように、
切れ長の双眸を細めていた。


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向かい風を行く 22

第三章

「これ、収納庫に持って行って帰りますね。ヨシキさんもお疲れ様でした」
「……あっ、そうか。そうだな。……ありがとう」
美貴はまだ自分の声が上擦るのを感じていた。
甲斐の一挙手一投足に反応し、身構えている。腰が引ける。
そんな自分を見下ろす甲斐の顔には、
深い諦念が浮かんでいた。

微笑みをたたえた口元に濃く染みついた寂寥感。
失望を無理やり飲み込んだような顔をして、甲斐は美貴に背を向けた。
その背中が刻一刻と遠ざかる。
こんなにも寂しい後ろ姿は見たことがないというほどの、
疲れた侘しい背中だった。
美貴はふいに我に返って瞠目し、夢中で後を追いかけた。

「おい、甲斐! 待てって……」
まだ何も甲斐に言っていない。
夜気で湿った裏参道の石畳を蹴る靴音に、呼び止める声が重なった。
なのに一人で勝手に答えを出してしまっている。
美貴は歯噛みしながら足を速め、悪い癖だと罵った。
「ヨシキさん……?」
驚いたように振り向く甲斐にあっという間に追いついて、
美貴は無意識にその肘を掴んでいた。
「ヨシキさん……」
幟を抱えた甲斐は、ただ目を丸く見開いて、
美貴の顔と自身の肘を掴んだ手を交互に何度も眺めている。
美貴は弾んだ呼吸を整えるために顔を伏せ、ゴクリと唾を呑み込んだ。

「……俺も行くよ」
「えっ……?」
甲斐の問い質すような視線と声音が降ってきて、顔にも胸にも突き刺さる。
頬も耳も火照ってくる。
それでも美貴は思い切って口にした。
「……で、今日は一緒に飯、食って帰ろ」
ぶっきら棒に言い放ち、甲斐が抱えた識を半分奪い取った。
美貴の靴音が止んだ途端、
夜空も星も参道脇の樹木もすべて、自分と甲斐を息を凝らして見つめている。
そんな静けさが戻っていた。


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向かい風を行く 21

第三章

それであんなに他人を避けていたのかと、美貴はようやく腑に落ちた。
甲斐に対して感じていた多くの疑問がそれぞれ線で繋がった。
美貴はそうだったのかと言おうとした。
そうだったのかと思っている自分がいた。
それなのに頭と口と感情が分断され、思い通りに動かない。
そうなんだ。一言そう言えばいいのにと、頭ではわかっていた。
それがまず声になって出なかった。

わだかまりは解け、納得した。頭はすぐに言われたことを理解した。
けれど、わかると同時に自然に湧いてくるはずの
感情が岩のように動かない。この場合、何をどう感じるべきかを考えている
自分がいた。
合点がいったからこそ驚いたのだ。
無防備のままでみぞおちを拳でいきなり殴られたかのようだった。

これまで同性愛者がいることは、単なる知識にすぎなかった。
知ってはいるが、存在を直に感じたことはない。
ちょうどテレビでしか見たことがないタレントが、いきなり目の前に現れた。
それほどの衝撃と、ある種の脅威が混じっていた。

「……そっ、か。やっぱ、そういうこともあるんだな」
美貴は動揺を隠せないまま、口先だけで返事をした。
気まずく視線を泳がせた。
まだ心臓がバクバクと激しく胸を打ちつけて、頭がうまく回らない。
作業する手も停止していた美貴の前で、
甲斐は黙々と幟を全部引き抜いて、祭りの幟を挿している。
こんな時、どんな言葉を口にするのが正解なのかが、わからない。
わからないから黙っていた。

「全部取り替えましたけど」
ややあって声をかけられ、はっとして美貴は目を上げた。
「……ああ、そうか。悪いな、なんか」
気がつくと、筒のポール立てから抜き終えた普段の幟を、
甲斐が胸に抱えていた。


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Author:坂東蚕
BL小説書き。
小説ディアプラス第27回チャレンジスクール編集部期待作・第1回BL小説大賞編集部期待作受賞。
お仕事ものや、和風、明治大正昭和レトロなBL好き。

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