「ホワイトナイト」
第一章

ホワイトナイト5

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「……まあ、座れ」
 陽介は応接用のソファに猛を促し、自身も浅く腰かける。青ざめた猛の前で宿帳に目を通すうちに、眉間に皺を作っていた。              
「借金の方は蔵ん中の骨董品、全部売っ払って清算するにしてもだ。古いばっかでガタがきてる設備のリニューアルには相当初期投資もかさむだろうし、歴史的人物の定宿だった等々の付加価値もない。頼みの綱の顧客リストもネームバリューゼロつったら、値段なんかつかねえよ。買い手が出れば恩の字だ」   
「ちょっ……、ちょっと待って下さい。さっきからどうして潰れる事が前提の話なんですか」
 心の準備もないままに、次から次へとまくしたてられ、堪らず話を遮った。
「旅館を潰したくないから、僕だって従業員だって毎日こうして走りまわっているんです! なのに、何の関係もない人からどうしてそこまで言われなくちゃいけないんですか!」  
 見事な年輪を描く桧の一枚板のテーブルを平手で叩き、思わず猛が声を荒げる。 

 たとえネームバリューは何もなくても創業は江戸の中期。中山道でも一、二を争う老舗旅館のプライドがある。ポッと出のファンドマネージャーなんかに価値がわかってたまるかと、握った拳を戦慄かせていた。けれども、陽介は冷静に帳簿を畳み、ソファの背もたれに身体を預ける。    

「無駄に頑張ったってしょうがねえだろ」 
「それは……、まあ、そうですけれど」
「この界隈でも老舗の部類のお前ん所は客単価が割高な上に、基本プランが二名以上になっている。だけど、この不況下で今時どこの会社がそんな豪勢なパッケージツアー使って旅行したり、宴会したりすると思ってんだ」       
 悠然と語りかけて、スーツの内ポケットから煙草を出した。そうして陽介の吐き出す長い紫煙が、黒塗りの梁を組んだ格天井まで上って消えた。    

「今はホテルも旅館も、そういう団体顧客が期待できる時代じゃねえって言うのに、お前。今だに旅行会社にパッケージツアー売り込んだり、地元企業の総務部とかに営業かけてまわってるらしいじゃねえか」   
 あっという間に短くなった煙草を灰皿に押しつけて消し、陽介が猛に一瞥をくれる。
「えっ……?」
 図らずも陽介が指摘した通り、自分で企画したツアーを旅行会社に持ち込んだり、旧知の企業の人事部や総務部に営業をかけてまわっているのは事実だった。
 だが、帰郷して今日初めて顔を合わせたはず。それなのになぜ陽介が知っているのだろう。猛は狐につままれたように瞬きばかりくり返していた。

「今の時代、お前んとこみたいな山間の一軒宿は宴会や観光のついでに泊まるんじゃなくて、あの旅館に泊まったついでに観光するぐらいの気持ちにさせられなきゃ、生き残っていけねえだろ。企業価値ゼロの旅館がM&Aかけても、買い手が見つかる訳ねえんだし。外資かどっかに拾ってもらって、子会社化して生き延びるっつう手も使えねえなら、何が何でも自分の足で立ち上がるしかねえだろう。違うか?」  
「それは正論です。でも……」
 猛はソファに座り直すと、両手で膝頭を撫でつつ呟く。                
「そんなに簡単に言われても……」     
「別に難しくなんかねえよ」    
 猛は語尾を濁したが、陽介は悪どい笑みで頬を歪め、不意に身体を起こして言った。

「本気で旅館、建て直したけりゃ手え貸すぞ? それが俺の仕事だからな」   
 悪事をそそのかすように猛の耳元で囁きかけ、猛の手元に契約書の束をまとめて置いた。    

「うちは経営再建プランニング以外にも、個人投資家からの資金提供も仲介するし、債権処理の相談にものる。うちへの報酬は、彦坂旅館の前期と今期の営業キャッシュフロー差額の5%からってことで」          
「えっ?」
 陽介は絵に描いたような営業スマイルをたたえ、応接セットのソファから社長デスクの椅子に戻るなり、背もたれにぐっともたれかかった。 
 倒産という最悪の事態をちらつかせながら、恫喝するように不安を煽り、一気呵成に畳みかけ、最後の最後に救済策を提示する。
 こんな風に追いつめられたら、ワラをも掴む思いの企業は十中八九乗せられてしまうに違いない。しかし、ようやくそれを悟った時には、もう既に陽介の術中にはめられていた。

「まだ、お願いするって決めたわけじゃありませんから」 
 悔し紛れに言い捨ててみせたものの、片手を掲げた陽介に軽く笑っていなされる。    
 そんな余裕が憎らしくなり、社長室のドアを力任せに閉めた猛は、手渡された契約書を握って出てきた自分自身に慄然とした。




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