「向かい風を行く」
第七章

向かい風を行く 64

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「部屋まで行ったら、もう逃がしてあげられないかもしれないから」
「お前……」
引き返すなら今しかないと諭されて、美貴は思わず息を呑む。
眉尻を下げて笑う甲斐には既に諦めの表情が浮かんでいた。
けれど、逆にその一言で腹が決まり、
美貴は甲斐を押し退けるようにして助手席のドアを開けていた。
「馬鹿野郎。帰んねえよ」
悪態をついて駐車場のエレベーターまで先に行き、セキュリティの操作盤の前で足を止めた。
さっきから、らしくないほど冷たく粗暴だったのは、
何度も自分を突き放し、諦めさせるためだった。

甲斐は秘密の重さを身を持って知っている。
だからこそ帰れ、帰れと言っていた。
そう考えれば何もかもが腑に落ちる。

「意地っぱり」
「うるせえ、どっちがだよ」
背後でぶっきら棒に言われたが、こちらも負けじと言い返す。
そんな気遣いなんかいらないと、何度言えばいいのだろう。
大切だから突き放す。
それが愛情だというのなら、いっそ傷つけて欲しいのに。
秘密が重荷だというのなら、分かち合ってくれればいい。

すぐに後からやって来た甲斐を傲然と顎でしゃくって促して、
マンションセキュリティを解除させた。
大人しく操作を始めた甲斐を横目で伺うと、
唇を強く引き結び、触れれば感電するんじゃないかと思うほど身体を緊張させている。
「甲斐……?」
美貴は恐る恐る声をかけた。
と、同時に、エレベーターの到着を知らせる音が鳴り、ドアが二人の前で開かれる。
甲斐は美貴の手をひったくるように掴み取り、大股で中に乗り込んだ。

「おい……っ」
力任せに引きずられ、美貴は鋭く抗議した。
それでも甲斐は答えずに、ケージの操作ボタンを押し出した。
点されたのは最上階。
甲斐が閉ボタンをもどかしそうに押し続ける不要な音が響いていた。
しかも、このエレベーターは特定の階にしか停止しない仕様らしい。
鼓膜に気圧の変化を感じるほど、あっという間に上昇する。
ケージの中でも甲斐に手を握られたままだった。
移動する直前に触れてきた甲斐の手は、真の闇に引きずり込む悪鬼のように
冷たくて、ぞっとした。背筋が寒くなるほどに。
けれど今、甲斐の手は燃えるように熱かった。

血潮の熱を感じる生きた手だ。
これが本物の甲斐の手だ。


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