「向かい風を行く」
第六章

向かい風を行く 56

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身動いだ甲斐のわらじ履きの足先に、橙色の火の玉が落ちて散る。
甲斐は珍しく動揺を顕わにした。
「お前ならやっぱ、モテるだろ」
美貴は膝を抱える自分の腕に顔半分うずめたまま、ヤケクソのように言い放つ。
病院を退院した日に車の後部座席を開けられて傷ついた自分を知ってから、
甲斐の隣に「いるべき」相手がいることを、
心のどこかで疑った。

「……いえ、そんな」
かすれた声で謙遜し、ゆるく左右に首を振る。
だが、訝しそうに眉をひそめ、少しだけ腰を浮かせて退いた。
真横ではなく、美貴の顔がちゃんと見える位置に動きたかったらしかった。
斜め後ろに移動してしゃがみ込み、
急にどうしたのかと聞きたげに、視線で美貴に詰め寄った。
甲斐が離れた分だけ密着していた腕が離れ、体温と二の腕の質感が遠のいた。
僅かに生まれた腕と腕の隙間から夜風が寒々しく吹き込んだ。

美貴が下げた線香花火の慎ましやかな灯火が揺らぎ出し、
膨らみかけた橙の粒ごと火花も落ちて散る。

「ほら、もう。お前が動くから。最後の一本だったのに」

美貴は紙のこよりをコンクリートの床に捨て、
花火の残滓をわらじの先で揉み消した。
まるで吸いかけの煙草を落として踏み消すように執拗に。
それでも甲斐は黙っている。
脈絡もなく聞くだけ聞いて、むくれる美貴に困惑の目を向けている。
甲斐の戸惑いが、わかるからこそ苛立った。

聴けるものなら聴きたいと思っている。
特定の相手がいるのか、と。
そして、それは聴きたい気持ちと同じぐらい聴きたくもないことだった。
まだ甲斐を好きなままでいたかった。
このまま二人でふわふわと、夢とうつつの境目をたゆたっていたいのに、
ひとりよがりの片想いだと知るのが恐い。
諦めなければならない相手なのだとわかっても、
諦められる気がしない。

だから確かめたくない、そんなこと。
けれど、確かめなくてはならないこと。
それもよくわかっていた。

「でも、いるんだろ? 本当は」
いないと甲斐に言って欲しい。
否定の言葉が欲しかった。だからこそ、こんな問いかけになっていた。


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