「向かい風を行く」
第六章

向かい風を行く 53

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「せっかくヨシキさんに聴かせたくて、かけてたのに」
挑発めいた笑い顔が少しだけ拗ねたような顔になる。
唇を尖らせた甲斐に一瞥をくれ、あくまでも運転に集中する。
だから、そんなに意味深に煽るなと、咎めたくなっていた。
甲斐はただ、心の許せる相手ができた。
そのことに年相応に子供らしく喜んでいるだけだ。何も深い意味はない。
自分が言葉の裏を読みたがり、自分に都合のいいように受け取りたがっているだけだ。

「何だったっけ? 誰の奴?」
美貴は右折のウインカーを出しながら、前を見たまま甲斐に聞いた。
「教えません」
「何だ、それ」
どうやら本気で拗ねたらしい。不貞腐れたような口調で告げられ、失笑した。
「じゃあ、今度車に乗る時、持って来いよ。かけてやるから」
と、言いながらハンドルを回し、交差点を右折した。
また、今度。
今度はいつ、甲斐をこの車に乗せる日が来るのだろう。
美貴は郊外へ車を走らせながらふと、思う。
また秋祭りの準備の前。
それまでの一年間。顔も合わせず、過ごすのだろうか。お互い何を思い、
どんなことを考えながら過ごしているのか知らないまま。

車を走らせるにつれ、車道はどんどん閑散となり、国道の左右の歩道を歩く人も
疎らになる。
そのまま郊外の小高い山の中腹まで行き、駐車場から見晴らし台へと移動した。
「意外に人がいないんですね。花火祭だから、カップルとか一杯いると
思ったのに」
車から降りた甲斐が、閑散とした見晴らし台を見渡しながら呟いた。
「そりゃあ、手筒花火は打ち上げ花火じゃないからな。
近くで見ないと迫力ねえし。だから、手筒花火の奉納の日は皆、神社に集まるし」
だから、こんな街外れにわざわざ来るような見物客はないことを
美貴は予め知っていた。

「今日は一日よく頑張ったな」
美貴がプルトップを引いた缶ビールを掲げると、
甲斐は掲げたノンアルコールの酎ハイと缶の端を合わせてきた。
二人ともまだ藍の袢纏に縞の角帯。
黒の股引きに足袋にわらじという祭り仕様で、こんな場所にいるのがおかしい。
そんな他愛もないことが高揚感に変化する。
美貴は見晴らし台の鉄柵にもたれてかかってビールを呑み、眼下の夜景に目を向けた。

「ヨシキさんも、一か月間、本当にお疲れ様でした」
「まあ、本番はみんな無事に済んで、よかったよ」
闇の盆地にぽつぽつ点る生活光。
あの光の中から甲斐を連れ出し、独り占めした自分が妙に誇らしい。
今、この男の横にいるのは自分だけ。甲斐もそれを望んでくれた。
このまどろみのひと時は、手筒花火の成功より、もっと心の奥深いところを満たしてくれる。


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