「向かい風を行く」
第五章

向かい風を行く 51

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「一番……って。まだ全員終わってないでしょう」
ややあって、甲斐が苦笑混じりに囁いた。
年長者組の手筒花火が真っ赤な火炎を噴き上げるたび、はにかんだ甲斐の横顔の陰影が濃くなった。
筧を始め、青年団の幹部らの奉揚も始まって、
テントの中に残っているのは数人の女性の世話役と自分と甲斐だけだ。

「お前さ。今日これ終わったら、俺と二人で打ち上げするか?」
「……えっ?」
そっぽを向きながら訊ねると、小さな驚きの声が上がる。
美貴は返事を待つ間、また断られるかもしれないと、不安で心臓がでどきついて、
息苦しくさえなっていた。
「はい、じゃあ……」
緊張で顔も見られなかったが、おずおずと甲斐が頷く微かな声がした。
ほとんど同時に美貴は甲斐を振り向いた。
返事をした甲斐もまた、気恥ずかしそうに視線を逡巡させていた。
「うん。じゃあ……、後で」
と、ぎこちなく確認し合っただけでまた、再び二人で前を向く。
その後も会話はなかったが、美貴には幸福な静けさだ。
手筒花火を打ち明ける演者達への歓声も、別世界のように遠ざかる。
この静謐な静けさを共有するのは自分と甲斐の二人だけ。
地響きのような手筒のハネの振動をたて続けに感じながら、
甲斐の手を握ってみたい衝動にかられていると、団長の筧が呼びに来た。

「おい、ラストだから全員出ろ」
と、キラキラした目で手招かれ、二人で顔を見合わせた。
「行くか」
「はい」
屈託なく微笑んだ甲斐を連れ出して、美貴もテントを後にする。

お囃子の音に太鼓も加わり境内は、隣の声も聞こえないほど賑やかだ。
最後は中型の手筒を腹に抱えた男衆が噴き出す花火を、
まるでシャンパンシャワーのようにかけ合った。
黄金色の鉄粉を頭から浴びて跳ねる演者に、観客達も惜しみない拍手と歓声を送っている。
美貴も甲斐も、この一年間の災いを払い清める手筒の火の粉を浴びながら、
目と目を交わして乱舞した。


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