「向かい風を行く」
第五章

向かい風を行く 49

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美貴はまっすぐ前を向いたまま甲斐に告げた。
そして、作法通り踵を返して新人演者の斜め後ろで待機する。
甲斐は火を噴き出した筒に巻かれた藁縄の持ち手を持って手筒を起こし、
右脇にしっかり抱え持つと、右足を前に一歩踏み出た。
そして、十メートルを優に越す火柱の重さを堪える為に腰を低く落としていた。

立ち昇る火柱はあっという間に拝殿の屋根を越える高さになりつつある。
それでも甲斐は動かない。
真上に昇る紅蓮の炎が夜空を焦がし、
鋳鉄が黄金色の結晶のように煌めきながら甲斐の上に降り注ぐ。
それでも甲斐は燃え盛る火柱に怯むことなく平然と前を見据えたまま、不動の形で構えていた。
 
なんて男だ。
美貴は胸の中でひとりごちた。
枝垂れ桜のような火花を浴びたまま、
最後のハネに備えるように甲斐は石畳の参道を両足で堅く踏みしめて、腰を一段低くした。
と同時に、手筒花火の底が抜け、腹に響く轟音と共に辺り一面光の海に呑み込まれる。

「よし……っ!」
自分の時と同じように、美貴が腹の底から声を出し、思わず拳を握りしめた。
片手手筒とは比べものにならない炎が底から噴き出ても、
甲斐は足を踏ん張り耐え抜いた。
最後のその一瞬まで灼熱の炎を物ともせず、まっすぐ前を見つめる影の長身。
やがて地上にたなびく白煙が薄れるにつれ、甲斐が姿を現した。
薄煙の立つ手筒を下げた甲斐が、ゆっくり美貴を振り向いた。
僅かに肩を上下させ、
まるで威嚇するように双眸を眇めた少年に雄の色香を感じた刹那、
美貴は火のような恋に落ちていた。
 
好きも希求も友情も。歯痒さも憧れも哀しさも、ありとあらゆる感情が甲斐だけに向かっていた。
美貴の耳には湧き起こる歓声も拍手も聞こえない。
男を好きになっていいのかという自問も耳に入らない。
今はこの目に映る景色も、蒼い夜空と薄闇に紛れる甲斐の影だけ。
あの綺麗で冷たい男だけ。
天高く舞った火の粉が名残のように煌めきながら降ってきて、
美貴を見つめる甲斐の髪をかすめて消えた。


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