向かい風を行く 41

 07, 2017 07:40
「それに、噂バラまいたのは俺だって、
お前が疑ったのもしょうがないって思ってる。たまたま、そういう情況だったんだ」
『ヨシキさん……』
「だけど、そんなのチャラにしてやるよ。俺の為に身体張ってくれたんだ」
だから、俺を拒むなよ。
最後の言葉は胸の中で声にならない声で言う。
美貴は椅子の背にもたれかかって薄く笑い、真っ暗な天井を仰ぎ見た。
何か見えない力があるのなら、何でもいいから縋りたい。
助けて欲しいと哀訴する。

本当に欲しい言葉が甲斐から欲しい。
そのためになら何でもする。
他にもっとするべきことがあるのなら、言うべき言葉があるのなら、
誰かに教えて欲しかった。
携帯を耳に押し当てて、美貴は祈るように目を閉じる。
さっきまで心をあれほど満たしてくれた静けさが、今はひたすら恐かった。
甲斐が黙り込んでいる。
その沈黙が刻一刻と長くなる。
まるで拒絶の言葉を必死に探っているように。

美貴は心臓が痛くなるほど不安で鼓動が掻き乱され、
それならいっそ自分から通話を切りたくなっていた。
どんなに言葉を尽くしても、甲斐の気持ちは変えられないというのなら、
終わりにしよう。
するしかない。
榊原が言ったように、どんなに自分があがいても越えることができない壁が
二人の間にあるのなら。
美貴が半ば諦めて、悄然と肩を落とした時だった。

『……じゃあ、俺。明日の朝、病院までヨシキさんを迎えに行きます』
甲斐に遠慮がちに切り出され、美貴は弾かれたように目を開けた。
「えっ? なに。お前……、学校は?」
思わず椅子の背もたれを離れ、前屈みになっていた。
『明日の授業は午後だけです』
「ホントに? マジで? でも……、だけど、別に荷物ないし」
思いもよらない申し出に、美貴は声を上擦らせた。
明かりの消された待合室のソファからも立ち上がり、
落ち着きのない獣のように、あちこち無意味に行き来する。
「……迷惑ですか?」
「いや! ……ってか、迷惑かけんのは、こっちの方! 
だって来てもらっても、してもらうことないからさ」
美貴の遠慮と戸惑いを、暗に断られたと捉えたのか、甲斐の声が細くなる。
美貴は慌てて否定した。
「じゃあ、俺。明日は有給休み、もらってるし。家の皆は働いてるし。
一人でタクシー使って帰るつもりだったけど」
『だったら、車で迎えに行きますよ』
「車? マジで?」
『はい。タクシー使うことないですよ』
甲斐が珍しく押してくる。
美貴は目の前に甲斐がいるかのように、どんどん顔が強張った。
これは俗にいう『壁ドン』状態なんじゃないのか、と。
逃げられないのだ。頭の左右に甲斐が手をついているようで。
「なら、お前。タクシー代わりにしてやるよ」
あえて高飛車に答えると、ほっとしたような軽い笑い声がした。

『いいですよ。タクシーで』
甲斐の声音が俄かに和らぎ、
苦笑と一緒に耳に伝わる吐息が妙に艶めかしい。
電話で話をする時は、顔を合わせてするよりも、こんなに声を近くに
感じるものなのか。今まで一度もそんなこと気にしたことはなかったはずだ。
なのに甲斐の声が耳から自分の中へと流れ込み、
心臓にまで達して刺さる。

タクシーでもいいですよ。そう言いながら笑った甲斐の声音も口調も、
きっと一生忘れない。
美貴は携帯を耳に押し当てて、奇妙な感傷に浸っていた。
すると、思いがけない方向から別の矢が飛んで来た。
『美貴さんを一人で退院させるなんて、そんなこと嫌ですから』


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ピクシブでは限りなくBLに寄せていますが、一般小説の歴史ものを書きました。戦国時代、織田信長の桶狭間の戦いは本当に奇襲だったのかが、テーマです。
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