向かい風を行く 40

 06, 2017 01:54
筧は甲斐にも病院まで付き添うように言ったという。
けれども甲斐は、
『自分がついて行けば、また、ヨシキさんがいろいろ言われるから』
と、固辞したらしい。
美貴は真っ暗な待合室の椅子に座り、携帯で甲斐に電話をした。
すると、コールを鳴らした直後に繋がり、急くようにすぐに告げられた。
『ヨシキさん?』
「……ああ、俺」
『ケガは……。火傷は大丈夫なんですか?』
甲斐の方から一方的に訊ねられ、美貴は思わず苦笑した。
こんな風に向こうの方から話をされ、
こんなに焦った大きな甲斐の声を聴いたのも、きっと初めてだ。
携帯に電源を入れたまま待ち構えていたような、
緊迫した甲斐の気配が胸を甘く締めつける。

「火傷は大したことなかったよ。ちょっと軟膏塗られただけだったし」
『そうですか……』
柔らかく語尾を擦れさせ、最後にほっと息を吐く。
耳に直接伝わった吐息の熱まで感じたような気さえした。
「お前が助けてくれたんだってな」
絞り出すように訊ねると、返ってきたのは戸惑いにも似た沈黙だ。
美貴もまた、掠れた声で耳をそっと撫でられて、鼓動がどんどん速くなる。
互いに黙っているけれど、
互いの胸に耳をあて、早鐘をうつ心音を確かめ合っているような、
厳かなまでの静けさだ。

「ありがとう……」
『……いえ』
「なのに、なんで病院来なかったんだよ」
美貴は言葉尻を奪うように訴えた。
言いながら、頭の中では違う、違うと叫んでいた。
自分だって筧や榊原のように落ち着いて、包み込んでやりたいのに。
一人で火の粉を被ろうとしている甲斐に温かく応えたい。
なのに言葉に出してしまったら、もっと言いたくなってくる。
甲斐を責めたくなっている。

「そんなに心配したんなら、なんで帰っちまったんだ」
美貴は堅く目を閉じて、眉間に拳を押しあてる。
どうしてこんな甘ったれたことばかり言うのだろう。
自分でも自分がわからない。
あの爆発の火の中に飛び込んでくれた恩人を、さっきからなじってばかりいる。

付き添ってくれた人の中に甲斐がいないとわかった時、
自分がどんなにがっかりしたか。傷ついたか。
病床のベッド周りに誰がどんなに大勢いても心は決して浮き立たない。
ベッドの上で目覚めた時、どれほど寂しかったかを、
いっそ今すぐ呼び出して、
甲斐のあの厚い胸を、広い肩を叩いて揺さぶり、咎めたい。

『でも、俺といると、またヨシキさんが……』
「そんなの勝手に言わせとけ」
美貴は甲斐の言葉をちぎって捨てるように言う。
あれ以来ずっと自分から距離を取り、無視した理由がそれだというなら、
そんな配慮は全然いらない。
突き放したりしないでくれ。
どう言えば、それをわからせることができるのか。美貴は歯噛みしながら目をつぶる。

『……でも』
「俺がいいって言ってんだから、いいんだよ」
それでも抗う頑なな年下男に必死になって言葉を重ね、
開かない甲斐の心のドアを叩いている。


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ピクシブでは限りなくBLに寄せていますが、一般小説の歴史ものを書きました。戦国時代、織田信長の桶狭間の戦いは本当に奇襲だったのかが、テーマです。
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