向かい風を行く 36

 02, 2017 06:30
それでもその日は朝から神社で行なわれたリハーサルに、
甲斐は最初から参加した。
祭の当日は日没とともに、開始を報せる大太鼓が勇壮に打ち鳴らされ、
拝殿前で巫女の神楽舞が奉納される。
その後、境内の参道で新入りから順に手筒花火が披露される。
リハーサルでは、手筒花火の演者の作法や、それぞれの立ち位置、
火薬の取り扱いに至るまで、確認作業が綿密に行われる。

手筒花火は、ひとつ間違えれば生死に関わる惨事になる。
リハーサルでも、参加する演者は真剣だ。
だが、合間の休憩時には下衆な連中が甲斐をチラ見し、嘲笑した。
「俺、本物のホモ。初めてみたわー」
「掘ってんのか? 掘られてんのか? お前の顔なら、どっちでもいけんだろ」
簡易テントの下で折り畳み式のパイプ椅子に数人で固まって腰をかけ、
ここぞとばかりにからかった。

甲斐に粉をかけるのは、美貴とも普段から反りの合わないグループだ。
エリート一家で見た目も申し分ない甲斐へのやっかみ半分と、
指導役についている美貴への鬱憤晴らしが入り混じっているのだろう。
テントの下に用意された長机の上のお茶やコーヒーを飲みながら、
差し入れの菓子を摘んでいる。
甲斐はといえば、新入りのグループから距離を置き、
テントの端で佇んで、一人でペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいた。
首に巻いたタオルで顔の汗を拭き、イヤホンで音楽か何かを聴いている。

挑発されても動じない甲斐に痺れを切らした数人が、
わざわざ正面に回り込み、聞くに堪えない雑言を浴びせかけ、
腹を抱えて笑い出す。
堪らず美貴が前に出ると、筧に肩を掴まれた。

「お前は止めとけ。お前がムキになって否定したら、
噂に火を注ぐようなもんだろう。俺が何とかするからいい」
筧は美貴をたしなめた。
そして、にこやかに甲斐に筧が声をかけ、そのまま立ち話を続けていた。
新入りの甲斐が先輩陣には逆らえない。反発できないと知りながら、
あえて大勢の前で吊し上げ、なぶりものにしようとする。
しかも集団で。
美貴は甲斐をいたぶる卑劣な輩の一人一人の顔と名前を脳裏に刻みつけた。
後輩の指導役としても人としても許せない。
許さない。
この瞬間から美貴にとって奴等は全員仇のようなものだった。

同じ青年団の一員として、今後も必要があれば大人の対応は取るだろう。
だが、必要がなければ話さない。関わらないし、近づかない。
そう心に誓うことでしか、今は甲斐に寄り添う術がない。
一方、団長であり、最年長の筧が甲斐にいつも通りに話しかけ、
ずっと側にいることで、ようやく例の男達の冷やかしも止み、
形だけの平穏が戻ってきた。

筧が睨みを効かせただけで、たちまち尻尾を巻くような連中だ。
所詮それだけの度量しかないのだと、美貴は反吐が出そうになる。
反面、筧の男気には心から感謝した。
ありがたかった。
筧とは甲斐も話しをしながら、時折薄い笑みも浮かべている。
ほっとすると同時に美貴は本当は、その役割は自分が担いたかったと、
胸の中で呟いた。
けれど甲斐の目はもう、ここにいる誰のことも見ていない。筧と話をしながらも、
心はきっと、ここにはない。
美貴は初めて会った頃よりも、甲斐を遠くに感じていた。


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ピクシブでは限りなくBLに寄せていますが、一般小説の歴史ものを書きました。戦国時代、織田信長の桶狭間の戦いは本当に奇襲だったのかが、テーマです。
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