「向かい風を行く」
第四章

向かい風を行く 28

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「榊原さんは何も聞いていないんですか?」
『知らないよ! 誰もそんな話してないし』
「甲斐は今日、バイトじゃないんですか?」
とにかく無事かどうかを確かめたい。美貴は声を上擦らせた。
しかし、学校の試験があるからと、当分バイトの予定はないらしい。
それなら甲斐の自宅に電話をすると意気込んだ。

だが、榊原は今は下手に騒がずに静観するよう、穏やかに美貴を諭して言う。
『そういうの。聞き流すぐらいの余裕、見せた方がいい』
のだと。
『大体そんなのないって、絶対に。甲斐みたいに堅い奴がマジで二股とか。
それに、親の立場考えたら、傷害なんて一番ヤバい訳だしさ』
榊原には笑っていなされた。
けれど、こんな悪意にまみれた噂話を甲斐が聞いたらと、
考えるだけで苦しくなる。
今すぐにでも駆けつけて、甲斐の側にいたくなる。
自分がゲイだというだけで、家族まで白い目で見られるのがつらいのだと、
あれほど憂いていたのにと、腹の中が煮え返るようだった。
 
それでも榊原はいきり立つ美貴を宥めるように、声を一段低くした。
『それに、あんまり甲斐の周りがマジ切れすると、
後で甲斐が否定しても、こっちが認めたことになるからさ。
相手にしないのが一番だと思うけど? 甲斐にも俺からそう言っとくから』
榊原は尖った声で告げるなり、珍しくそっけなく、
そして一方的に通話を切り、美貴との応酬を終わらせた。
「榊原さん……?」
美貴は顔から携帯を外しつつ、
もしかしたら榊原は何もかも承知の上で話しているのではないかと直感した。
甲斐が同性愛者だということも。


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