「向かい風を行く」
第二章

向かい風を行く 12

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カットの仕上がりを確かめながら鏡の中の美貴を見つめ、
前髪にハサミを入れ始める。
柑橘系のフレグランスと、少し汗ばんだような甲斐の体臭が近くなる。
そして、意外に厚い胸板で肩を押されているうちに、
美貴は尻の座りが悪いような、落ち着かない気分になっていた。

「結構切ったな」
などと呟きながら顔を伏せ、クロスに落ちた自分の髪を見回していると、
部屋のドアが控えめにノックされた。
「ちゃんと切れてますかしら? この子」
心配そうに顔を覗かせ、甲斐の母親がお茶と菓子を乗せた盆を机に置いた。
甲斐は煩わしげに横目で母親を睨んだが、美貴は笑顔で速答した。

「すごく上手ですよ。プロに切ってもらってるみたいです」
「まだ資格も取れていない学生なのに、カットモデルになって頂いたみたいで、
本当に申し訳ございません。ありがとうございます」
「こちらこそ、タダでカットしてもらっちゃって申し訳ないぐらいです」
「青年団の皆さんには、いつも息子がお世話になっております。
至らない所がありましたら、ビシビシ叱ってやって下さいね」
国会議員の妻という特権階級を傘に着るような高慢さも、気取った所も全くない。
甲斐の母親は、美貴の方が恐縮するほど何度も頭を下げてきた。
甲斐に追い立てられて部屋を出るまで、
よろしく頼むと言い続けていた。

「いいお母さんだな。美人だし」
無愛想な息子を少しでも可愛がってもらえれば親心だろう。
美貴が肩越しに振り向くと、
甲斐は気恥ずかしげに口をへの字に曲げていた。
甲斐がこんなに頑なで偏屈なのは、
もしかしたら政治家一家の次男に生まれ、長男ばかりが優遇されて育ったとか。
そのせいで劣等感や人間不信を募らせたのかもしれない等々、
うがった事も考えた。しかし、そうではないらしい。

少なくとも、甲斐の母親はこの変わり者の次男坊を心から慈しみ、
その幸せを願っている。

万が一、父親が長男至上主義の旧体制時代の政治家だとしても、
母親が子供を平等に愛していれば、
子供は自尊心を損なう事なく成長する。
つまるところ父親は家庭に生活費を入れてされしたら、
子供の成長に、さしたる影響は与えない。
これは、物心ついた頃から多種多様な人間と、
彼らにまつわるそれぞれの家族の在り方、家庭というものを、
目のあたりにしてきた美貴の自論だった。

たぶん甲斐は、甲斐自身の理由で人から距離を置いている。
美貴は肌で直観した。


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