「向かい風を行く」
第二章

向かい風を行く 11

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その週末の土曜日の午後。
美貴は祭りの準備のあと、足取りの重い甲斐をせっついて、
甲斐の自宅までついて来た。

「さすがだなあ……」
瓦葺きの白漆喰塀に広大な敷地を囲われた日本家屋の豪邸だ。
瓦葺きの数奇屋門からアプローチの延べ段を渡り、
千本格子の玄関の引き戸を甲斐が開けた。
「ただいま」
「お邪魔します。こんにちは」
美貴が三和土で声を張ると、
奥座敷から驚いたように女性が玄関先まで駆けて来た。
「……あの」
薄手のニットにフレアスカート。
家の中でもきちんと化粧をした四十代の清楚な美人が、
当惑したように美貴を見る。
「甲斐君とは青年団でご一緒させて頂いている椎名です。初めまして」
美貴は自己紹介して、甲斐の母親と覚しき女性に名刺代わりに進物を差し出した。
中には椎名醸造自慢の逸品。最高級の醤油の瓶が二本入っている。
「これ。うちで作ってる商品ですけど、良かったら」
「まあ、恐れ入ります。すみません」
「今日は甲斐君が髪切ってくれるって言うんで、お邪魔しました」
「まあ、そうだったんですね。さ、どうぞ。お上がりになって。どうぞ、どうぞ」
笑顔で答える母親の脇を抜けながら、
甲斐がその進物に一瞥をくれた。
「どうせ知らねえんだろ。俺んちが醤油の醸造元だって」
美貴は庭に面した廊下を歩く甲斐の背中をつついて言った。
聞かれないので話した事はなかったが、
自分も家業の蔵人なのだと告げる美貴に、了承したとでも言うように、
肩越しに視線を投げてきた。
何だか目の色だけで会話できるようになってきたなと思っていると、
甲斐が二階の部屋のドアを開ける。

「お前の部屋?」
「はい」
通されたのは広々とした洋室だ。
ベッドとソファと大小の棚が整然と配置されている。
また、窓辺に寄せた机には大きな鏡が置かれていて、
その正面に皮張りのソファが用意され、足元には新聞紙が敷かれていた。
「どうぞ」
甲斐に促されてソファに座ると、ビニールのカットクロスを巻きつけられる。

「どんな感じにしたいですか?」
ハサミやクシや整髪料を積んだワゴンを引き寄せながら訊ねる甲斐は、
ほとんどプロの美容師だ。
「俺、セットとか苦手だから。洗って乾かすだけで、まとまる感じ?」
「長さはどうします?」
「必要なら短くしてもいいし」
「わかりました」
美貴の薄茶色のふわふわした髪を指で梳き、
髪の流れや頭の形を確かめると、霧吹きで髪全体を濡らし始める。
そのあと甲斐もスツールに座り、軽快にハサミを入れていた。
 
窓から射し込む午睡の日差し。
時折髪を撫で梳く指先。
一定のリズムを刻むハサミの音も心地よく、美貴はうとうとしかけていた。
そのたび甲斐に頭を起こされ、鏡越しに睨まれる。
「髪切ってもらってると眠くならねえ? ブラッシングとか気持ちいいし」
寝呆け眼で美貴が同意を求めると、鼻白むように返された。
「獣みたいですね」
「獣、言うな。せめて犬か猫って言え」
「……じゃあ、猫」
「猫っぽい? 俺」
「髪質は」
と言い、甲斐が顔を寄せてきた。


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