「向かい風を行く」
第一章

向かい風を行く 5

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「もう、それぐらいでいいよ。お疲れ」
美貴は作業を終了させ、買ってきた缶コーヒーを差し出した。
こんな町内行事に参加するのはきっと不本意のはずなのに、
甲斐の仕事は丁寧だ。その姿勢だけは感心する。
美貴は労いの気持ちを缶コーヒーで表した。
「……ありがとうございます」
甲斐がそれを受け取りながら腰を上げ、額の汗で腕で拭った時だった。

「皆、差し入れいっぱい作って来たよー。お疲れ様ー」
大声で呼びかけられ、境内に張られた簡易テントの下で手を振る母親に、
美貴は初めて気がついた。
腰高の長机の上で風呂敷包みの結び目を開き、
境内のあちこちで祭りの準備を進める男達にも気さくに声をかけている。
「ほら、アツアツの揚げたてだよ」
と、保存容器の蓋を開いて披露したのは得意料理の唐揚げだ。
あっという間にテントには、青年団の人だかりができている。

「いつも助かるよ。ありがとう」
美貴もテントまで移動した。
祭りの準備の期間中は、いつも何かしら差し入れてくれる母に礼を言い、
ついでに甲斐を紹介するため、振り向きながら手招いた。
「こいつ。今、俺が面倒みてる新人の甲斐」
「初めまして。お世話になります」
「あらー、よろしく。美貴の母です。イケメンねえ。
こんなイケメン君。うちの町内にいたんだ。知らなかったわあ」
美貴の母は美貴と同じ事を言い、甲斐にも割り箸を差し出した。
「良かったら食べてって。素人の手作りだから、
お口に合うかどうかわかんないけど。お腹すいたでしょう?」
初対面の甲斐にも屈託なく勧める母親に美貴はギクリと肩を強ばらせた。
すると、予測した通りの答えが返ってくる。
「いえ、……あの。僕はちょっと」
甲斐は差し出された割り箸を、掌でやんわり遮った。
そして美貴に向き直り、もう聞き慣れてしまった台詞を口にする。

「今日の作業は終わりなら、失礼してもいいですか?」
「ああ、……いいよ、別に。お疲れさん」
「お疲れ様でした」
甲斐は油抜きした竹筒を持ってテントを出た。
境内には作成中の竹筒を保管する専用の倉庫がある。
演者は帰る時には、その倉庫内に作られた棚の、
自分の名前が書かれた場所に、筒を戻す決まりになっている。

手筒花火の作成準備に精を出す青年団の男達が、
美貴の母親の差し入れに群がる中、
たった一人倉庫に向かう甲斐の背中が、あっという間に遠くなる。
肩をすぼめて項垂れたり、猫背になるような事もなく、
粛々と遠ざかっていくだけだ。
まるで、そうするようにプログラミングされたアンドロイドのようだった。

少しも寂しそうに見えない背中が美貴の胸を締めつける。
もちろん甲斐自身は寂しいと思っていないかもしれない。
それなのに、美貴の心の奥の方から悲しみに近い感情が突き上げてきて
息が苦しい。
甲斐の目に自分は確かに映っている。けれど見てはいないのだ。


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