「ホワイトナイト」
第四章

ホワイトナイト36

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「どうしたの? 旅館の方に何かあった?」
 昼休みの時間とはいえ、持ち場を離れて呼び出しに来るなどなかったことだ。猛は瞠目したまま腰を浮かせた。しかし、房子は猛の問いには答えずに、よろめくように三人の前に進み出た。           
「山岸さんは猛さんが帰ってくるまで待ってろって、言うんですけど……」       
 「いいよ、そんなの。急ぎの用なら構わないから」   
 猛は房子に歩み寄り、店の外へと誘いかけた。けれども房子は足を止め、陽介と綾を肩越しに見る。                                 
「いえ。あの、私は陽介さんと綾さんにも聞いてもらった方がいいと思って」
「どうしたんですか?」                               
 自ら陽介も椅子を引き、思案げに房子の前まで来る。房子はしばらく着物の袖をいじっていたが、やがて追い詰められた兎のような目をあげる。                         
「来年二月の利き酒会に出展して下さるはずだった蔵元さんが、急に出展できないっておっしゃってきて……」   
「え……っ!?」
 宿泊客のクレームを想定していた猛にとって、寝耳に水のトラブルだった。思わず声を上擦らせ、房子に顔を近づける。    

「ど、どこの蔵元さんが? どうして急に。……だって、そんな」
 一体何が起きたのだろう。職人さんの急病だろうか。事故だろうか。不吉な想像ばかりが次々脳裏をよぎっていった。それでも努めて冷静に房子に続きを促すと、房子の両目に見る見る涙が溜まっていった。
「キャンセルしたのは全部です……」
「はあ……っ?」
「全部って言ったら全部ですよ! 予定していた蔵元さんに全部キャンセルされたんです!」
 房子が堰を切ったように泣き崩れ、両手で顔を覆い尽くした。猛は何かの聞き間違いかと、うろんに首を傾げたが、嗚咽をもらす房子を眺めているうちに切迫感がこみあげてくる。  

「全部、……って。だって……」
 猛は房子の肩を抱き、落ち着かせようとそっと叩いた。
 けれども、それきりかける言葉を失って、猛も唇だけを喘がせていた。   
 利き酒会に出展予定だったのは、二十店舗近いはず。しかも、来年二月の開催日まで三ヵ月近い猶予があるのに、蔵元全部が参加をキャンセルするなんて通常だったらありえない。 

 今日も利き酒会に平行して開催される『新酒フェア』の商品を、綾が作ってくれていた。 
 新酒フェアの開催期間は、利き酒会の当日を挟んで前後の二週間。

 フェアに参加予定の土産物屋や飲食店には、新酒を使った新商品の開発を既に進めてもらっている。
 だから、来週には利き酒会と新酒フェアの公告宣伝を始めるとともに、マスコミからの取材も入れる予定でいた。陽介の友人である望月が書いた紹介コラムの記載雑誌も、来週早々発売される。
 すべてが滞りなく進行していたはずだった。

 今まで少しも不穏な気配がなかっただけに、思考がまったく追いつかずにいた。心音だけが苦しいぐらいに高鳴って、血の気が引いていくのがわかる。  


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