「咲かない桜の桜守」
第六章

咲かない桜の桜守 39

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こんな花冷えの夜なのに、羽太の左手を収めた松田の掌は温かい。
子供の体温のようだった。
それとも自分の手が、冷えきっていたからか。凍りついているからか。
松田は羽太の手の甲を眺めている。思案気に。
唇は閉じたまま、眉を僅かにしかめつつ、物言いたげに手の中の羽太の手を
見つめている。
羽太の指先を撫でた松田の親指は樹木皮のように硬かった。
乾燥し、ざらりとした感触を鮮烈に羽太に与え、名残惜しげに去っていった。

「……もう、こんな時間か」
羽太の手を離した松田がコートのポケットから携帯を出し、
液晶画面を一瞥した。
「いつも急で悪いけど、今日も泊めてくれないか? 明日の朝にはこっちを出る。
それに、俺。昼も夜も何も食ってねえんだよ。
カップ麺でも何でもいいから食わせてくれ」
携帯をポケットに戻し、踵を返して歩き出した。駐車場に続く遊歩道に足を向け、
それでも一人で話している。
自分で聞いておきながら、羽太からの反応を恐れてでもいるように、
答える隙を作らない。
「……でも、まあ、今日はお前も疲れてるよな。山、下りた街の駅前とか。
ビジネスホテルか何かあるなら、そっち行くし」
静寂に包まれた公園に、松田の革靴の足音がやけに甲高く響いている。
松田は短気だ。しかも憎らしいほど足が長い。
歩幅が広く、早足の松田がどんどん遠ざかる。
そして、歩き出すと彼はいつも振り返りもしないのだ。羽太はむっとして眉を寄せた。
松田はまた携帯を出している。
足を止める事もなく、液晶画面をタップして、しきりに検索し始める。

きっと駅前にビジネスホテルがないかどうか、自分で探しているのだろう。
ずっと返事をしないから、こちらが躊躇していると彼は勝手に決めつけた。
迷惑がられているのだと、松田は結論づけたに違いない。
だから、今夜の宿を探している。

「松田さん!」
羽太は叱り飛ばすように呼び止めた。松田の肩が上下に揺れ、肩越しに振り向いた。
遊歩道の半ば辺りで立ち止まり、驚いたように身体ごと羽太に向き直る。
気が短いにも程がある。まだ何も返事をしていない。
羽太は走って松田に追いついた。
「……ちょっと、待って下さいよ!」
「三浦?」
松田の携帯には案の定、ホテルの空き部屋を探すサイトが並んでいた。
羽太はそれが視界に入るなり、かっと頭に血が昇る。
携帯を持った方の松田の手首を咄嗟に掴んで引き寄せた。

「花見の時期は駅前のホテルは、どこも満室で泊まれませんよ。
それに、もう十時過ぎているんだし。チェックインなんて無理でしょう。
僕の家に泊まって下さい。夕飯も作りますよ。そんなのいつもの事じゃないですか」
いきりたつ羽太に松田は当惑したのか、掴まれた腕を引こうとした。
その手を羽太がまた引き戻し、逃がすまいとして松田の目を見る。
咎めるように射竦める。

「いつもみたいに、僕の家に来ればいいじゃないですか」
訴える羽太に、松田は丸くした目を瞬いた。
微動だにしない松田が持っている携帯が、いつもとは明らかに違う彼の象徴だ。
羽太は携帯を握る松田の手を、取っ払うみたいにして手放した。

松田は夜遅く来た時も、
「泊まらせてくれ」なんて言うような男じゃないはずだ。
もし、こちから泊まっていって下さいと言われなければ、それだけの話だと、
早々に宿を探すだろう。
そして、見つからなければ車中泊でもするような人間だ。
自己完結型の性格で、あえて聞いたりしないのだ。
そんな事は、もうわかってしまっている。

「さっき、松田さんは僕にはどうしても言えなかったって言いましたよね?
主幹だけ残して、あとは全部切るしかないんだって」
羽太は松田に詰め寄った。
棒杭みたいになっている松田の顔には奇襲にでもあったみたいな
驚愕の色が浮かんでいた。
「じゃあ、僕じゃなかったら言えたって事ですか? 
依頼主が僕じゃなかったら、ちゃんと松田さんは切り出したはずですよ。
だって、一刻の猶予も許されない重体の患者の治療方針じゃないですか。
依頼主がショック受けるの、わかってたって言う人です。
そういう人じゃなかったら、僕だって信用なんかしませんよ」
松田を袋小路に追い込むみたいに追及の手を緩めない。
夜のしじまに、息まく羽太の声だけが反響した。

あんな風に手を握り、あんな目をして指に触れ、
それでいて何もなかった事にしようとする。
そうはさせて堪るかと、いきり立つ。


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