「咲かない桜の桜守」
第六章

咲かない桜の桜守 37

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「まあ、咲いてねえんだから、しょうがねえよ」 
松田は肩をすくめて苦笑した。

互いに何か話すたび、微かに白い互いの息が森閑とした夜気に紛れる。
山岳地のこの辺りは、桜が満開になる頃でも夜は寒い。
手袋がなければ指がかじかんでくる程だ。
春の宵闇。静寂の杜。         
霞がかった白銀の月。   
黒々とそびえる山脈を背景にして、ひっそりと佇む平家桜は、
老いさらばえた花魁のように侘しげだ。
あちこち枝を落とされて、破れ笠をさしたような樹影が無残に映し出されていた。

羽太は桜の周囲に張られたロープを跨いで立ち入り禁止区内に入る。
付いだ根を踏まないように気をつけながら桜の主幹に近づいた。

幹に背中を預けながら夜空を見れば、枝の隙間に月が見える。
その枝も支幹も夏までに全部落とされて、主幹と主根だけになる。
想像しようと思っても、羽太の脳裏に浮かぶのは、去年までの姿だった。
もう取り戻せないとわかってしまったからなのか、
降るように咲いた平家桜が恋しかった。こんなにも。
月を黙って見上げていたのは、松田に涙は見せたくなかったからだった。
松田の前で泣いたらきっと、松田は自責の念にかられるだろう。
そんなつもりじゃないと言い張っても、彼は自分を責めるだろう。
だから泣かないと決めていた。

松田が断言したように、自分でも宣言したようにきっと桜は再生する。
十数年もたてばまた、全国からひと目見ようと大勢の人が来るような見事な
姿を取り戻すだろう。必ずだ。
けれどもそれは別の桜だ。生まれ変わった桜だった。
去年までの壮麗な、そして両親と一緒に見守ってきた桜が、
自分にとっての平家桜だ。
その桜は再生なんてされないと、突っぱねる冷めた自分がいる。

両親が亡くなった時もそうだった。
父親が運転し、母親が助手席にいたのだが、その両親が乗った車に
激突したのは飲酒運転の暴走車だった。
その加害者の運転手は生き残り、被害者の命は奪われた。
両親の死を悲しむだけで済んだのなら、どれほど楽かと思ったか。
あの時の懊悩が蘇り、胸がかきむしられるようだった。
また理不尽に奪われたという怨念が、憤怒が捌け口を探し求めている。

けれど、悔し涙を堪える傍から、
「ああ、よく笑ってくれてるな……。今日は特に」
と、嬉しそうに呟いて、松田が垂れ枝の笠の中に入って来た。
「……笑っている?」
あまりに朗らかに告げられて、羽太は黒目がちな目を丸くした。
同時に涙も感傷も吹き飛ばされ、目顔で意味を問いかける。

「ほら、風もないのに枝だけがちょっと揺れてるだろう? 
俺達みたいな桜守は、風もないのに桜の枝が揺れてると、
桜が笑って歓迎してるって言うんだ」
と、松田は花枝に顔を寄せ、儚げに笑って羽太を見た。 
言われてみれば、微かに漂う枝先が松田の頬をかすめる姿は、
歓迎のキスのようだった。
しかも、心なしか昼間よりも開花が進んだように見える。

「気のせいかもしれませんけど、昼間見た時よりも咲いてませんか……?」
上目使いに訊ねると、松田が伏し目がちに含み笑った。      
「俺も今、そう思ってた。きっと桜も俺があの話をしに行く事を薄々気づいてたんだろう。
だから、最後にひと花咲かせてやろうって。……こいつなりに意地見せたんだろ」
黒い幹を撫でた松田が、蒼い夜空を仰ぎ見た。
すると、応えるようにふわりと笠が開き、薄紅色の花枝が夜風に優美に波打った。
羽太は桜と花守の凄絶な絆に圧倒され、何も言葉が出なくなる。
そして、その樹を伐ると決断せざるを得なかった、
松田の苦悶が胸に迫ってきた。

「今度の事では松田さんを矢面に立たせてしまって、
本当にすみませんでした。責任なら桜の異変に気づいていたのに見過ごした
僕にあるのに、今日もこんな……」      
忸怩たる思いに声を詰まらせて松田に詫びた。
頭を深く下げたまま、苦渋に顔を歪ませていると、いつものように松田の大きな掌が、
ポンと頭に乗せられる。

「俺が主治医なんだから、非難は俺が受けるべきだと思っている。
三浦や小泉さんや村の人達の期待に応えられなかったのは事実なんだ」
「そんな……っ! だって、同じ被害にあった桜は、全部一か月以内に
枯死してしまってるんですよ? なのに、平家桜がこうして枯れずに済んだのは、
松田さんのお陰じゃないですか!」
だから、松田自身に非があるように自分を責めて欲しくない。
思わず声を大にして、松田の胸に飛びつきながら訴えた。
それなのに松田は困ったように眉尻を下げて笑んでいる。否定も肯定もしなかった。


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