「咲かない桜の桜守」
第五章

咲かない桜の桜守 35

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「僕も地元の人間です。
平家桜の美観は村中の死活問題だという事もわかります。
こんなになるまで異変を放置した当主としての責任も感じています。
だけど、僕は平家桜の所有者です。所有者として、あの桜を見殺しにはできません」
会議室に充満した気詰まりな沈黙を、羽太がおもむろに切り裂いた。
今度は松田が隣で息を呑み、驚いたように身動いた。
だが、羽太はまっすぐに顔を上げ、松田の方を見なかった。

これは自分で下した決断だ。考えだ。
松田にほだされて同調し、彼に媚を売るために言うのではないのだと、
姿勢で村民に示したい。だから松田とは視線を交わさない。
それが三浦家当主のプライドだ。羽太は胸いっぱいに吸い込んだ息を吐き出して、
緊張で強ばる唇を無理やり開いて切り出した。
             
「平家桜は元の姿に戻せません。
僕達が松田さんに求めようとしてるのは、誰にも取り戻せないものなんです。
でも、もし今の段階で支幹を取って主幹と主根を保護したら、
別の形で平家桜が生き返るというのなら、僕はその可能性に賭けてみたい。
いっそ生まれ変わらせてやりたいじゃないですか。
それが、松田さんの意見を窺った上での僕の意見です」
「三浦君。だけど、それは君の感情論だろ。
実際、地元の人間にとって平家桜の美観は収入源なんだ。
それを感傷的に桜のためにとか、言ってる場合じゃないだろう」  
正面にいる小泉が、長机から身を乗り出すようにして反論した。
村民も一斉に頷いた。羽太と松田を睥睨するように冷めた視線を向けてきた。
それでも羽太は組んだ両手を机の上にそっと置き、
彼らを均等に見渡しつつ、努めて穏やかに、噛んで含めるように語りかける。
今ここにいる村民の九割が高齢者だったからだ。

「このまま何もしなければ、平家桜は遅かれ早かれ枯死します。
結局、倒木するしかなくなってしまいます。
そんなの悔しいじゃないですか。それこそ犯人の思う壺ですよ。
だったら、これからは枯死寸前だった桜がどんな風に蘇っていくのかを、
SNSや役場のホームページで日本中の皆さんに見て頂いたらどうですか?」
「えっ……?」
 
羽太からの新たな提案に、頑なだった同席者達の表情が一気にほぐれ、
目にも光が戻ってきた。
松田を怒鳴りつけた和菓子屋の店主も隣席の妻と黙って顔を見合わせる。
羽太は追い風がにわかに吹くのを感じつつ、勢いこんで畳みかけた。

「古来から桜は死と再生の象徴でした。松田さんに治療して頂けば、
必ず平家桜は再生します。蘇ります。
そうしたら、蘇りのシンボルとして、これまで以上に見る人に、
何かを訴えかけてくれるはずですよ。それなら、これからはそのコンセプトで平家桜を
プロデュースすればいいんじゃないかって、思ったんです。
蘇りのパワースポットだって事にしたら、季節を問わず一年中、村に観光客を
呼び込めるようになるじゃないですか」
「一年を通して、か……」
必死に言い募る羽太に唸るように答えたのは、
羽太の同僚でもある道の駅の職員だ。

「蘇りのパワースポットって事なら。……伐採した平家桜の枝や落葉で、
あやかりグッズを何か作ってもいいかもしれないし」
「それ、村の神社で御守りとして売ってもらったら、もっと説得力出るんじゃないか?」
「今は若い人の間で御主印ブームらしいしね」
「蘇りって響きはいいよな、確かに。起死回生のパワーもあるって訳だし。
そのコンセプトでSNSとかで発信したら、男女とか年齢とか関係なく受けると思う。
縁結びを全面に出すと、若いカップルや女子限定っぽくなっちゃうけど」
「村には由緒正しい神社もたくさんある。
その神社めぐりの回遊バスをバス会社に依頼して、
駅から村まで走らせてもらえば、村全体に観光客を呼び込める」
「それなら、うちの店の桜餅は平家桜の花や葉の塩漬けを使ってる。
蘇りのパワーフードって事にしたら、いい宣伝にもなる」
和菓子屋の店主の頭は、既に新しい収入源の発見と構想で、
一杯になっているらしい。
短い春の開花期間だけでなく、一年を通して観光客を招致できる。
新たな観光資源になるかもしれない。
羽太の提言で会議室の空気は一変した。

「そういう事なら支幹は伐採して、生き残りの可能性に賭けた方が希望がある」
「村の観光資源として平家桜が存続するなら」
という村民の意見が相次いで、彼らの顔も和らいだ。
羽太は、反対派の代表のような小泉にも目を移し、息を凝らしてじっと見た。
すると、小泉は一度咳払いしてから椅子に座り直して居住まいを正し、
手元の資料を手に取った。
「……どちらにしても、この場で結論づけてしまわずに、
もう少し話し合いの場を設けましょう。今夜はもう遅いですから」
と、顔を伏せて小声で言い、腕時計を一瞥した。
小泉としては、ひとまず保留にしたいらしい。
先鋒をきって松田をこきおろした彼としては、振り上げた拳の落とし所を
探りたいのが本音だろう。
ただ、村民や役場の職員達の反応から、風向きが変わったという
確信が羽太にはあった。

「それでは、皆さん。今日は一日お疲れ様でした」
小泉が資料を片手に立ち上がり、同席者達を解散させた。
会議室の出入り口まで移動して、帰路につく彼らと会釈や挨拶を交わした後、
小泉がぎこちなく振り向いた。

「それじゃ、僕もお先に失礼します」
羽太と松田を一瞬だけ見て、決まり悪げに目を逸らし、
彼もまた会議室を出て行った。
「小泉さん。いろいろ、ありがとうございました。本当にお疲れ様でした」 
羽太は慌てて廊下に飛び出した。
彼が松田を責めたのは、村の存亡を本気で憂いていたからだ。
小泉を責めるつもりは羽太にはない。
心からの労いの言葉を深夜の廊下に響かせると、小泉は足を止めずに肩越しに
振り返り、はにかむように微笑した。   
         
小泉とも一応の和解を得たようだ。小泉の靴音が穏やかに遠退いた。
ほっと胸を撫で下ろし、羽太は会議室に戻ってきた。
中にいたのは松田だけだ。


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