「咲かない桜の桜守」
第四章

咲かない桜の桜守 27

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まだ夜が白々と明け始めたばかりの時間に、羽太は松田と二人、車を前後に
連ねて乾山公園を訪れた。
前日の夜、松田に朝の六時前には羽太の家を出なければ間に合わない
仕事があると告げられて、羽太は夕食のあと、松田に早々に布団を延べてやり、
ほろ酔いの松田を休ませた。やはり相当無理をしてスケジュールを入れてくれたのだ。
それなのに、出発前にはもう一度自分の目で確認してから
帰ると言う。

朝もやに煙る平家桜を見上げる松田を、羽太は脳裏に
焼きつけるように目で追った。
写真を撮る理由があるのなら、松田の写真を撮りたかった。
撮って、不安になったら御守りのように眺めたい。顔を見て安心する事ができたら、
どんなにいいかと思ったが、何の理由も浮かばない。

いきなり写真を撮らせて欲しいと言い出せば、松田の事だ。
何のためにと眉を寄せ、不審がるに違いない。
記念に一枚なんて浮かれた言葉は、この深刻な状況下に似つかわしくない。
危機感が足りないと呆れられ、軽蔑されてしまうだろう。

それなら、たとえば平家桜の管理を任せている樹木医さんだと、
村や道の駅のホームページで紹介するため、などというもっともらしい理由なら、
松田も撮らせてくれるかも。
羽太は実際、そうしてもいいような気になった。

松田は素手で桜の幹に触れ、レトロな医者がするように例の聴診器を当て、
じっと耳を澄ませている。それを少し離れて見守った。
その聴診器を耳から外し、今度は根元に十数本差し込んだプラスチックボトルを
交換した。
平家桜を枯らす目的で注入された除草剤の毒性を緩和するため、
天然の樹液を大量に桜に吸わせる必要があるからだ。
人間でいえば、洗剤などを誤飲した幼児に大量に水を飲ませて吐かせる治療と
同じ意味があるそうだ。

「根付ぎの経過は、どうですか……?」
羽太は遠慮がちに松田の背中に問いかけた。
素人目には問題ないように思えても、プロが見たら悪化していると
判断される可能性もゼロではない。
心臓と胃を同時にぎゅっと掴まれたように前屈みになりながら、
松田の返事を羽太は待った。
すると、松田は肩越しに振り向いて、不思議そうに羽太を見た。

「別に? 何も問題ない」
むしろ何の問題があるのかと、聞き返すような口ぶりだ。
「……本当ですか? 本当に大丈夫なんですか?」
「だから、なんで?」
松田は取り替えた古いプラスチックボトルを黙々と袋に詰めている。
「だって……。僕みたいな素人が手を貸したせいで、根付ぎした根が
腐ったり、枯れたりしたらどうしようって、ずっと思ってて」
「だから、プロの親父とやったって、あんなに根付ぎがうまくいくのは珍しいって、
言ったよな?」
「……それは、そうでしたけど」
「根付ぎは、古い根に新しい根の切断面を合わせて藁を巻くだけなのに、
あれは絶対、機械じゃできない。人の手で、藁を巻くから成功する。
切断面を合わせたまま、藁で巻くまで支えてくれる人間と、
藁を巻く側人間の息が合っていなければ、力加減がちぐはぐになって失敗する。
うまくいったかどうかなんて、その場でわかる。
だから、根付ぎはうまくいったって言っただろう」
含み笑った松田の息が薄闇に白く立ちのぼり、ほっとして笑んだ羽太の息も
弾んで白い。確かにあの時、自分たちは二人でひとつの呼吸と身体を共有した。

松田のように専門知識はないけれど、
あのときの確信に近い実感は、羽太の中にも残っている。
重荷を松田に降ろしてもらい、羽太は「よかった……」と、囁いた。
広大な公園を囲む連山の峰も朝日に黄金色に輝いて、頭を半分出している。
極寒の二月の痛いような朝の冷気が日の出と同時に、
人肌のぬくもりを取り戻す。

松田もそろそろ出発の時間だ。後は彼を見送って、自分も出勤するだけだ。
羽太が松田に目をやると、松田は珍しく肩を波打たせた。
不意打ちを食らったみたいに目を見開いて、たじろいだ。
何だろう。首を傾げて見入る羽太からバツが悪そうに目を逸らし、
視線をうろうろさせている。
「松田さん?」
声をかけたが、目を合わせてもくれないまま、後片づけを始めている。
その両耳の裏が真っ赤になっているのは寒風に晒されたせいなのか。
それにしては松田の仕草のひとつひとつに、
恥じらいの色が溢れている。

「じゃあ、また動画。送ってくれ。何か気になる事があったらすぐに
電話してくれ。メールより直に説明聞いた方が、わかりやすい」
「わかりました。いつも、ありがとうございます」
ひと通り仕事道具を鞄に収めて、松田が言った。
その鞄の柄を持ち上げる松田を見て、羽太はもう、帰るんだなと無言のうちに
悟っていた。帰ってしまう。そしてまた別の樹の元へ、
松田の助けを求める人の所に彼は駆けつける。
それを思うと胸が塞がり、羽太は言葉が出なくなる。笑って送り出す気になれなくなる。

そんな羽太に松田が急に携帯のレンズを向けてきた。
「ほら、笑えよ。三浦。お前が笑えば、平家桜も元気になる」
そう言いながら、シャッター音を響かせる。
「何ですか、それ。急に笑えって言われても」
「何でもいいから笑っとけ。笑ってるうちに元気になる」
羽太に携帯を向けなたまま、松田は無邪気に笑っている。何枚も写真を撮っている。
それが癪に障って腹が立つ。
もう少し心残りがあるような顔ぐらいして見せろ。
少しでも後ろ髪引かれるみたいに躊躇ってくれたなら、こんな顔にはならないと、
羽太は悪態をついていた。
それなのに、こんな顔にさせている当の本人が笑え、と言う。
頭にきた。

羽太もまた、負けじとばかりに取り出した携帯のレンズを松田に向けて連写する。
「じゃあ、僕も撮った写真。うちも職場のホームページに載せますから! 
このヘラヘラしてる男の人が、平家の御姫様の魂が宿るって伝説の、
平家桜の桜守さんですよって!」
馬鹿みたいだと思いながら。
水鉄砲を打ち合うみたいに何枚も何枚も映し合い、最後に笑い合っていた。
いっそこのまま抱きついて、キスしたくなるほどに。



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