「咲かない桜の桜守」
第四章

咲かない桜の桜守 25

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松田は言葉足らずな人間だ。また、たとえ話しても周囲には通じない。
説明しても理解されないと思い込み、口を閉ざしてしまっている。
けれど、松田の自分に対する言動には、思わせぶりな『引き』がある。
言葉の裏に何かしら、別の意味があるような気配と匂いを残して去る。
だから、松田に接触するたびに、
気になって仕方がない状態にさせられる。
羽太には、それが気に食わない。

松田は羽太が今、無心で背中を預けていられる大樹のような存在だ。
そして同時に、羽太が松田から与えらえ、得ているはずの平安を、
かき乱すのも松田だった。
いっそ、松田が醸す匂いや気配の正体を、羽太は炙り出したくなっていた。

松田は片手に缶ビールを下げたまま、
しばらく羽太を不思議そうに眺めていた。面食らったみたいに眉を上げ、
丸い目をして瞬きをくり返す。
だが、すぐに松田の方で何かを納得したような不敵な笑みで目を細め、
答える前にビールを一口飲んで言う。

「持ち主の状態と桜の状態は、リンクするから見たいんだ。」
「……えっ?」
思いもよらない返答に、羽太は小さく仰け反った。
リンクするって、どういう意味だと言わずもがなで顔に書いてあるのだろう。
松田は羽太の当惑を愛でるように笑んでいた。
「桜の持ち主の状態が良くないと、健康な桜が花をつけない事もある。
桜は樹の中でも特に自分の主人に反応する。
だから、俺は桜を診るなら、持ち主の状態も診たいんだ」
「そんな事……」
「あるわけないって言いたいんだろう? そう思いたいなら、それでいい」

皮肉な口調で返されて、羽太は反論を呑みこんだ。
そうだった。こうして松田の主張を非科学的だと否定して、排除してきた人間が、
松田の口を重くした。
羽太から顔を背けた松田がビールの缶をキッチンカウンターの端に置き、
首にかけたタオルで濡れた髪を拭き出した。
羽太に向けられた広い背中に縋って詫びたいような衝動が、
腹の底から突きあげた。

「だったら僕が落ち込んだり、不安がったりしていたら、平家桜に心配させるって
事ですよね」

羽太は肩で一息ついてから、大げさなほど声を張り、松田の脇を通り過ぎた。
中断させていた調理の続きを始めるため、
コンロにも火をつける。腕まくりをし直して包丁を持ち、
キャベツを軽快に千切りにした。
わざとらしいほど明るい声で言ったのは、松田の言も一理あると思ったからだ。
鉢植えの花だって、「きれいだね」「良く咲くね」と声に出して世話してやれば、
応えるように花をつけると言われている。
その逆もしかりであり、心が通じあっていなければ、
水をやっても日に当てても、花は枯れてしまうという。

それを幼稚だとかメルヘンチックと、小馬鹿にする人もいるだろう。
けれど、因果関係を証明する科学的な根拠がなくても、実際にそうなのだ。

ただ、松田の答えは自分が望んでいたような、
彼自身の理由などではなかった事。
思った通り、患者の顔色を診るように自分の写真も必要だったというだけだ。
それが羽太を打ちのめし、奇妙に寂しくさせていた。
がっかりしたと言ってもいい。
しばらくの間、料理に専念しているふりをして、羽太は松田を見なかった。

「別に無理して元気にしてろって、言ってるわけじゃないけどな」

背後でダイニングテーブルの椅子を引いた音がした。
肩越しに目をやると、羽太を眺める位置に座り、松田が頬杖をついている。
やはり調理の過程を観察されているようで、やりにくかったが、
松田の声の険も和らぎ、羽太は少しほっとした。

「今はしんどいだろうけれど、桜は一緒に三浦が苦しんでくれてる事を
知っている。それが桜の励みになればいいんじゃねえのか」
松田はぶつぶつと、独り言のように言いながら、
羽太が突出しに用意した、野沢菜や赤カブの漬物を摘んでいる。

照れ臭くなるとうつむいて、滑舌が悪くなるのも松田の癖だと、
羽太はもう気づいていた。
口数がいつもより数倍増しになっただけで、松田としては相当に
いたたまれなくなるらしい。猛烈な勢いで野沢菜を口に運んでいた。
その松田の前に、湯気の立つ豚の生姜焼きと根菜の味噌汁。
マカロニサラダや焼き油揚げの葱味噌焼きなど、ささやかな家庭料理を並べると、
松田の顔が少年のように輝いた。
また、冷蔵庫からは冷えたビールを新たに二本テーブルに追加して、
松田の正面に腰かける。

「あの、……もし、足りなかったらそう言って下さい。肉ならたくさん買ってあるし」
羽太は、おずおずと申し出た。
すると松田は箸を置き、缶ビールの栓を引き、軽く掲げる仕草をした。
羽太も慌ててプルトップを開け、差し出された松田の缶に缶の端を合わせて言った。
「あらためて、今日はお疲れ様でした」
「そっちもな」
松田は二本目のビールに口をつけ、そのまま一気に呑み続ける。
あんなに野沢菜ばかり摘むから、喉が渇いていたのだろう。
いつのまにか松田の上下する喉仏を凝視している自分に気がついて、
羽太は、ぎこちなく目を伏せた。
何だかさっきから松田の顔や身体のパーツ、声にばかり、
意識が向いてしまっている。

「そういえば、松田さんって最初にここで会った時、
遅い時間に一人で来てたじゃないですか」
自分自身の気まずさを誤魔化したくなり、羽太は唐突に切り出した。



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