「咲かない桜の桜守」
第四章

咲かない桜の桜守 24

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昨日の電話で急遽、駆けつけてくれた松田に宿の用意があるはずもなく、
羽太は今夜も松田を伴い帰宅した。 
「今日はありがとうございました。僕、夕飯作りますから、先に風呂に入って下さい」 
松田を風呂場に案内し、タオルを数枚差し出した。
そのタオルの一番上には松田が『捨てろ』といった軍手を、
これ見よがしに羽太は置いた。

「……捨てていいって言ったのに」
松田は苦笑を浮かべたが、それでもどこか嬉しげだ。
彼のそんな、はにかんだ顔を見られただけでも、
今日は会えて良かったと思う。
羽太は風呂場に松田を残し、スーツから普段着に着替えると、
嬉々として食事の支度にとりかかる。
すると、ものの十分もしないうちに松田が髪をタオルで拭きつつ、
キッチンに、ぬっと入ってきた。

「風呂、ありがとう」
「嘘、もう入ってきちゃったんですか? そんなカラスの行水じゃ、
疲れだって取れないでしょう」
「俺はシャワーでいいんだよ」
「奈良は温かいからいいでしょうけど、こっちは夜はマイナス十五度とか、
普通に下がるんですからね。湯船で温まらないと風邪引きますって」
「……苦手なんだよ。湯船ん中で、じっとしてても、つまんねえ」
松田は年下の羽太にたしなめられても気分を害した様子もなく、
すねて唇を尖らせる。笑いを堪えきれない羽太の横で冷蔵庫を開け、
勝手にビールを取り出すと、リビングのソファに腰をかけた。
「豚の生姜焼きとマカロニサラダでいいですか? 簡単で申し訳ないんですけど」
キャベツを刻んで訊ねた羽太に、松田が了解とばかりに、
片手を挙げて無言で応じる。   
この前は料理の過程を興味深げに眺めていたのに、
今日はソファに座ったきりで動かない。
羽太は対面式のキッチンから、時折リビングに目をやった。
しかし、ソファの背もたれに頭を預けた後ろ姿はほとんど動かず、
手にしたビールを呑むでもない。

「……松田さん?」       
恐る恐る声をかけて、羽太はコンロの火を止めた。
忍び足で近づきながら松田の正面に回りこむと、案の定眠りこんでしまっていた。 
先週と同じくグレーのスウェットにフリースの上着。
あらためて見れば目の下に濃いクマが浮いていた。
昨日の朝に電話して、今日の夕方にはこちらに到着していたのだ。
きっと休憩もろくに取らず、車を飛ばしたに違いない。 
無理をさせてすまなかったと胸中で詫びながら、羽太はいつしか、
松田の寝顔に見入っていた。 

小さな瓜実顔額に、鼻筋の通った優美な鼻梁。形のいい唇と、女性的な尖った顎。
疲れのせいか、眠っているのに僅かに眉をひそめていた。
滑らかな頬に影を落とした長い睫毛。微かに開いた唇がいつになく彼を無防備に見せている。
これだけのイケメンなんだから、彼女ぐらいいるはずだ。
まだ若いから結婚はしていないというだけで。

だからきっと松田には、かけがえのない人がいる。唯一無二の恋人が。
そして、それがどうしたと、羽太は自分に問いかける。
仕事相手が既婚者かどうか。彼女や彼氏がいるかどうか。気にした事もあるにはある。
けれど、考えたからといってこんなに胸が痛んだり、
息苦しくなったりしなかった。

ただ、羽太は今の自分は普通の精神状態ではない事もわかっている。
青天の霹靂のように犯罪に合い、被害者になり、
動揺している。弱っている。
だから、誰かに縋りつき、守って欲しくなっている。
自分より大きな存在に抱きついて、独占したくなっている。
こんな時だからこそ、女の子より松田のように年上の男性に、その役割を求めている。

自分の気持ちは、頭では理解できていた。
こんな感情は一過性のものだという事も。
それなのに、こうして眺めているだけで鼓動が次第に高鳴って、
胸が苦しくなってくる。そして、心のどこかでそれをやましいと思っている。
後ろめたいと感じている。   

「松田さん、ご飯食べます? 休みたいなら布団の用意しますけど」
羽太は寝入る松田の肩を揺さぶった。
これ以上、収拾のつかない感情に浸っていても仕方がない。
ともかく濡れた髪も乾かさず、うたた寝させてはいけないと、二度目の語気を強くした。
「松田さん」
「んっ? ……ああ、悪い。寝てたのか」
驚いたように目を開けて、気だるげに頭をもたげる彼の美貌が目の前だ。
「あの……」
羽太は一瞬声を詰まらせた。そんな自分に内心、舌打ちがしたくなる。
相手が小泉だったなら、いちいち動じたりしないだろう。
「ご飯。……もう、できますけど、どうします?
食べずに休みたいなら、布団の用意しますけど」
いっそ、相手を小泉だと思い込もう。それならもっと気が楽だ。
羽太は松田からそれとなく目を逸らし、リビングのテーブル周りを片づける。
すると、松田は一言「食べる」と、こもった声で答えつつ、
傍らの携帯を操作し始める。

それを横目で羽太は伺い見た。メールを読み、返信している様子の松田が
気になった。
相手はつい、彼女だろうかと思ってしまう。
ポーカーフェイスの表情が少しだけ和み、松田が口元に笑みを浮かべると、
胸が不穏にざわめいた。

「松田さん。この前、急に僕の写真も一緒に送れって言ったじゃないですか」
羽太は思わず喧嘩腰に詰問した。
「……写真?」
生欠伸をくり返し、脇腹を掻きながら呑気にダイニングに向かっていた、
松田が怪訝そうに振り向いた。
「あれ、どうしてですか? 僕の写真なんて治療に必要ないでしょう?」



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