「咲かない桜の桜守」
第三章

咲かない桜の桜守 19

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松田は自分と違って長身で、モデル体型のイケメンだ。
とはいえ、性格は雑なのか繊細なのか理解に苦しむ食わせ者。
白黒はっきりつけたがる小泉のようなタイプだと、
アレルギー反応を起こす人間もいるだろう。
だとしても仕事のできる男として、自分は心のどこかでカッコイイなと思っている。
しかも今、先祖代々守り継いだ桜の倒木の危機に瀕している。
その桜の救世主のように現れた樹木医が松田だった。

だから、これは患者の家族が全幅の信頼を寄せる医者に向ける、
思慕のような感情だ。
松田も自分には、患者の家族のように接してくれているだけだ。
羽太は自分の気持ちを整理した。

もはや『一族の主』のような桜に向けられた犯罪の加害者に対する憤り。
強欲でエゴイスティックで加害者を、どんなに憎んでも恨んでも、
平家桜は元の姿に戻らない。再生だころか、その命は風前の灯火だ。
やり場をなくした怒りも不安も恐れも甘えも、今は全部松田に向かっている。
足元がふらついてしまっている。
羽太は何度も自分に動じるなと、言い聞かせた。
気持ちの揺れが治まれば、こんなに松田に縋りついたりしなくなる。

翌日の朝、指示をされた通り、出勤前に平家桜に立ち寄った時は、
少しだけ落ち着きを取り戻したような気がしていた。

紺碧の冬空を覆うようだった勇壮な枝も、一部が鉈で落とされて、
痛々しいその切り口を晒している。
「……早く元気になれるといいな」
羽太は苔むした幹をそっと撫でて声をかけた。
そして、根付ぎした根元や蕾のアップ、全体像を動画モードで撮影し、
松田の携帯に送信した。
送信するため、液晶画面をタップした途端、羽太は息まで熱くなるような、
高揚感に包まれた。

「……ってか、俺。もう、めっちゃ返事待ってるし」

動画を送った直後から、携帯ばかり見てしまう。
早く既読にならないかとばかり、思っている。
まだ七時前の早朝だ。松田が起きているとは限らない。他に仕事があるのなら、
準備にも追われているだろう。
動画を届けたからといって、優先順位が低ければスルーされても仕方がない。

それでも勤め先の道の駅に出勤し、
事務室の自分の机に座るなり、パソコンの脇に携帯を置いた。
仕事中、視線を向けても不審ではないそこに鎮座させた携帯を、
羽太は横目でちらちら見た。
何度見ても既読にならない携帯を目にするたびに、
期待と不安に苛立ちとじれったさ、失望や落胆も入り混じり、
仕事が何も手につかない。
もしかしたら昨夜、迷惑な時間に電話した自分への嫌悪も重なって、
放置されているのかと、ネガティブ思考が止まらない。

松田の中での平家桜の優先順位は、所詮その程度だったのか。
自分の松田の温度差が『未読』に象徴されているようで、
どんどん悲しくなってくる。

それならいっそ昼休みになるまでは、
事務所の自分のロッカーに携帯を入れて封印し、頭の中から追い出そう。
羽太は胸中で決意した。
平家桜は過疎村の春に毎年莫大な収益をもたらしてくれる重要な財源だ。
その桜の存亡に関わる松田とのやり取りは、
自分の仕事のうちだと思っていた。だから携帯から目を離さずにいたのだが、
他の仕事が疎かになってしまうなら、視界に入れない方がいい。

羽太がそうするべきだと心に決めた時だった。
ほとんど同時に携帯から着信を告げる軽やかな音が一回した。
羽太は突然誰かに背中を蹴られたようになり、一人で悲鳴をあげかけた。
そして、液晶画面に『松田直人』の四文字が目に入り、
たぐるように携帯を取り上げる。

「どうかしました? 三浦さん」
事務室内の同僚に驚いたように訊ねられ、羽太は慌てて弁明する。       
「あ……っ、と。あの、すいません。ちょっと急ぎの連絡で」             
しどろもどろに言いながら、羽太は廊下に飛び出した。

松田からの返信は、今のところ問題はなさそうだ、という一行だけ。
スタンプも愛想も何もない必要最小限の返答だ。
それなのに、心臓がバクバクするのが自分でもわかる。

その後も立て続けに届けられたメールでは、
今度は剪定した枝の切り口のアップと、幹の樹膚の映像も欲しいと
指示される。
「……まさか今、起きたとかじゃないよな」
と、次々届く文面を眺めつつ、松田に確かめるように呟いた。

もうすぐ昼休みになるという、正午に近い時間だが、
考えてみれば松田は昨日、日が暮れてから数百キロ離れた奈良の自宅に車を走らせ、
帰ったのだ。就寝したのも深夜か明け方だったに違いない。
今日が休日だったというのなら、今、起きたと言われても当然といえば当然だ。
もしかしたら、一人で勝手に気を揉んで、
悲観したり早合点したりしていたのかと、羽太は自分の狼狽ぶりに自分で呆れ、
にわかに恥ずかしくなってくる。

そして、羽太に対する指令ばかり並んだあと、
『三浦の顔が映った写真』
も、添付するよう書かれていた。

「はあっ?」
羽太は人通りのない静かな廊下で頓狂な声を張りあげた。
それが最後の一行だ。
それきり何も届かなくなり、松田からの一方的な着信の嵐は過ぎ去った。
羽太は最後の妙な一行で、思考の針が振りきれたように、
すべての思考が停止する。
 
どうしてそんな写真が欲いのか。
平家桜の状態に何の関係があるのかが、羽太には意味がわからない。
わからないから自分に都合がいいように、
解釈したくなっている。

理由を松田に確かめたいとも思ったが、聞きたくないとも思っていた。
聞いたら絶対何だ、そんな事かと、がっかりする。
確かな予感がしたからだ。
羽太は携帯を持った手を力なく下げ、大きく息を吸い込んだ。
早鐘みたいな心音が自分で聞こえるようだった。



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