「咲かない桜の桜守」
第三章

咲かない桜の桜守 17

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松田の車で家の前まで送られて、羽太は助手席を下りた。
ドアを開閉めながら、最後にもう一度礼を言うと、松田は右手をハンドルに
乗せたまま、左手を軽く掲げて微笑した。
「気をつけて、帰って下さいね」
「また連絡する」

何気なく言い残し、松田は助手席のドアが閉まると同時にアクセルを踏み、
車を市街に向けて走らせた。
羽太は暗闇に、ぽかりと浮かぶテールランプを門前で見送った。

写真や動画はできるだけ送れと言われたが、
また連絡すると、告げられたせいか、ほっとした。
収拾のつかなかった焦燥が、それだけで和らいだ。少しだけ凪いでいた。
心の中で握手して別れたつもりでいたのだが、その手を松田が握り返してきた。
そんな気がして、暗黒の闇に灯火が点じられ、
凍えた胸が温もりを取り戻す。

羽太は門をくぐって延段を渡り、玄関の鍵を開けた。
いつものように引き戸を開けてタタキと廊下に灯りをつけ、
廊下からキッチン、その奥のリビングダイニングの天井灯を順に点し、
羽太は脱いだダウンコートを、リビングのソファに放り投げる。

両親の事故死してからは、帰宅しても「ただいま」を言う習慣もなくなった。
それでも、フローリングの冷えた床を渡る足音が、
家中に反響するたびに、死のような静寂を意識せざるを得なかった。
その静けさを紛らわせるためだけに、見もしないテレビのスイッチもつける。

廊下の右手に八畳の前座敷。
その奥に十畳の中座敷と、十二畳の奥座敷が襖を隔てて並んでいる。
週末には掃除機をかけるものの、平日は部屋に入りもしていない。
羽太がもっぱら使うのは、このリビングとキッチンと風呂とトイレ。
二階にある六畳間の自分の部屋だけだ。

コートに続いてマフラーを取り、手袋を外す羽太の視界をちらりとだけ、
キッチンのダイニングテーブルが横切った。
昨夜、松田と夕食の鍋をつつき、ビールを呑んだ食卓だ。
松田がいたのはたった一日だったのに。
昨日はそこにいた人が今夜はいない侘しさが、
ひたひたと胸に迫ってくる。

両親が亡くなった時もそうだった。
失ったという寂しさは、しばらくしてから湧いて出る。



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