「咲かない桜の桜守」
第二章

咲かない桜の桜守 14

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「俺の親父も樹木医で、何回も根付ぎをやっている。だけど、
根付ぎの時の相方は、プロの俺じゃなくて、自分の女房にさせるんだ。
俺の母親も普通の主婦だし、専門知識だって全然ない。
なのに、息子の俺より息が合うとかよく言われる」

松田も立ち上がり、伸びをしたり、身体を左右に折り曲げたり、
四肢の凝りを解している。ひと仕事終えた安堵からなのか、
松田にしては饒舌だ。
「夫婦なんか他人なのに変だよな。根付ぎやってる親父と母親の間には、
息子の俺でも入れない」
松田は樹木医の息子より、素人の女房に助手を任せる父親に、
多少不満があるらしい。
苦笑しながら羽太に言った。
同意を求めるように一瞥し、その目を晴れ渡る冬空に向けていた。

けれど、羽太は咄嗟に相槌すらも返せない。
それよりも今、松田は自分が何を言ったのか、本当にわかっているのかと
問い質したい衝動にかられていた。
そんな無意味な問いかけを、羽太は懸命に呑みこんだ。
訊ねなくても絶対に、わかっていないに決まっている。
だから、男の自分を『女房』『夫婦』に置き換えて、悪びれもせず連呼する。
羽太は太陽に顔を向けている松田の背中を責めるように凝視した。

松田のように偏屈な人間に『相方』に選ばれた。
さっきまで、あんなに晴れがましかった使命が色をなくし、
羽太は悄然とうつむいた。
代わりに湧いた落胆が胃の底に澱のように沈んでいる。

「うまく繋がってくれるといいけどな……」
「……そうですね」
答えた声も微かに尖ってしまっていた。
移植した根が無事に繋がり、平家桜に瀕死の危機を脱して欲しい。
松田と同じように心からそう思っている。願っている。
それなのに笑おうとして笑いきれず、いびつに頬が引きつった。

羽太は松田の側を離れ、土をかけたばかりの箇所を慎重に避けながら、
平家桜に近づいた。

二日前に幹に射った解毒剤は、ほぼ開封したての状態で、
プラスチックボトルに残っている。
繋いだ根たちが本来のポンプとしての役割を果たし、
吸いあげた養分と解毒剤を循環させてくれるよう、祈るしかない。
羽太は桜の幹に手を当てた。
「頑張れよ……」
松田さんがついている。大丈夫だから頑張れと、胸の中で言い聞かせる。
桜にも自分にも。
羽太は、習い癖のように桜の幹にも耳を当てた。
あんなにも逞しく、ゴウゴウと音をたてていた命の流動が聴こえない。

羽太はぎゅっと目を閉じる。
もしかしたら手遅れなんじゃないのかと、最悪の予感が忍び寄り、
暗雲のように頭の上に垂れこめた。
自分達がしている事は死者を蘇生させようとするような
虚しい悪あがきにすぎないと、自分が囁く声がする。
拭っても拭いきれない不安と密かに戦って、羽太は幹を抱きしめる。

今ここで不安を口にしたら、松田への不信を訴える事になる。
それだけはするまいと、堪えていた。
と、思いがけなく頭の上に手を置かれ、羽太は黙って瞠目した。

「大丈夫だ。やるべき事はやっている」 
「松田さん……」
「桜自身の生きる力を信じるのも、医者や家族の役割だ」

くしゃくしゃに羽太の髪を撫でつけて、こもった声で
松田がボソボソと言い足した。
決まりの悪い顔をして、もの慣れない少年のようのはにかんだ松田の
不器用な慰めが、凝った心を溶かしてくれる。

「ありがとうございます……」
涙で声をつまらせた刹那、頭の上にあった手が背中に下りた。
どうしたのかと目を上げた羽太は、気づいた時にはその胸の中に収められ
きつく抱きしめられていた。
羽太は無言で息を呑んだ。
その羽太の動揺ごと不安を封じようとするように、
松田の腕に、さらに力が込められる。

「松田さん……」
冷えた髪にかかる松田の息が熱かった。
重なる胸の心音も、心なしか早鐘を打っていた。
「……大丈夫だ」
松田が羽太の肩口に顔を埋めて、くり返す。
羽太は返事をしようと焦っていた。礼でも「はい」でも何でもいい。
こんなに親身に励ましてくれる人に対し、答えなかったら失礼だ。

それなのに松田の息が耳朶にかかる。松田の頬がうなじに当たる。
ただの激励のハグなのに、松田の息と肌の感触に意識も思考も絡め取られ、
言うべき言葉がほどけてしまう。
身体の力が抜けてしまう。羽太は陶然として目を閉じた。
これは落ち込む自分を励ますための抱擁だ。
わかっているのに、そんなこと。言われなくてもわかっているのに
冷静になれ、落ち着けと、頭の中で自分が自分に忠告する。

松田には言うべき言葉も出ないのに、
自分に向けた声だけは、やけに大きく感じられた。



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