「咲かない桜の桜守」
第二章

咲かない桜の桜守 12

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二人で朝食を済ませたのあと、松田は作業用のつなぎに着替え、軍手をはめた。
平家桜の子孫にあたる庭の枝垂れ桜の若木の根元を、小さなスコップで掘り始める。
羽太は松田の傍らに屈みこみ、松田の指示をあおぐべく目下のところ待機中だ。
「何本ぐらい接ぐんですか?」
「多くて七、八本だな。人間でいうと臓器移植なもんだから。一度にたくさん接ぎ過ぎても、
逆に桜を消耗させる」
こと桜の話となると、松田の口も滑らかになるらしい。
スコップと刷毛を交互に使い、土から出した庭の桜の根の中から太さと長さを吟味して、
最終的に八本の根を切断し、掘り起こした。このかん、羽太の出番はまだ来ない。

個人宅の庭木の桜に対しても、松田の作業はひとつひとつが丁寧だ。
途中で手を止め、将棋の次の打つ手を探るように考え込んでしまっている。
だから時間がかかる上、時々軍手を脱ぎ捨てて、木の根の色や手触りを確かめるなど
確かにアナログ故の効率の悪さが露呈した。
しかも羽太を助手に指名しておきながら、一人で黙々と進めている。
手元に集中するあまり、無心になってしまうらしい。
羽太が今、視界に入っているのかさえ疑わしいと思っていた。

けれど、そんな松田がむしろ羽太には頼もしい。
名もない若木の桜に対しても、天然記念物に指定された平家桜に対しても、
松田の態度は変わらない。平家桜を救うため、若木の桜は犠牲にし、枯らしてしまっても構わない。
そんな人間側の身勝手を松田は微塵も感じさせない。
羽太は、松田のその黒ずんだ指の爪を見ているだけで満たされた。
二月の寒風に晒されて、頬も鼻の頭も少し赤い。

一本の桜を助けるため、全身全霊を傾けて奮闘している松田の吐く息が軽く弾んでいる。
羽太にはまだ、自分にできることはない事がわかっていた。
この人を信じて待つ事以外、できる事は何もない。
だから、何も言わなかった。
これから何をしようというのかさえ説明されていなくても、待てるような気がしていた。

「よし、平家桜の方へ行くぞ」
と、松田は力強い声で言い、ようやく羽太にも目を向けた。
ニット帽を目深に被った松田の切れ長の双眸が心持ち見開かれ、瞳に光が射している。
どうやら切り出しの行程は首尾よくいったらしかった。
「はい」
羽太は笑って頷いた。

さっきは拒絶されたと不安になった広い背中も黙殺も、羽太の胸をざわつかせない。
松田は言葉が足りないけれど、だからといって他人を排除し、
自分だけの正義の中に引きこもる人じゃないんだと、わかっている。
そして何より「お前ならできる」と言ってくれたあの時から、
自分は松田の内懐に招かれた。

腕を開いて、あの胸の中に抱き寄せられてしまっていた。



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