「咲かない桜の桜守」
第二章

咲かない桜の桜守 9

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「樹の表皮のすぐ下に、根が吸った養分を運ぶ管が通ってる。
だからこうすると、
その管が養分を吸いあげる音が聞けるだろう?」
言いながら幹に聴診器を押しつけて、じっと聞き耳たてている。
健康な樹木であれば、血流のように管を流れる水音がするという。

「今は樹木医も超音波で測定したり、スキャンで撮影したりするけどな。
俺は自分の耳で直接聞いて判断する。吸いあげる音の勢いとか、どこで雑音が交じるかとか」
「でもそれ、僕もやってます。祖母から同じ事を言われてて……」

羽太は驚きに目を見張り、握った拳を口にあてた。平家桜の異変を察知できたのも、
毎日桜の幹に触れ、耳で聞いていたからこそだと自負していた。          
「平家桜は本当に、あっという間に樹液の音が聴こえなくなったんです。
枝を曲げると、しなりもしないでポキッて折れてしまったり……。
だから、これは普通じゃないって気がしてて……」
「こういう根拠がない感覚だけの診察は、通じる相手と通しない相手に分かれるけどな」      
通じるんなら助かると、松田はふいに微笑した。 

「そうなんですか?」
「ちゃんと数字で説明しろとか、データはないのかとか。大抵、目に見える資料の方を
先に出せって言われるな。俺の治療はアナログだから信用できないって、
言いたいんだろ。
だから、俺の主観だけで納得されると調子狂う」
松田は言葉通り当惑しているらしかった。
ぎこちなく羽太から目を逸らし、首の裏に手を当てた。

「でも、もし僕が患者なら、医者にはちゃんと僕の顔を見て、僕の話を
聞いて欲しいって思いますよ。レントゲン撮ったり採血したり、
症状の原因を目に見える形にしたり数値化するのは、その後の話じゃないですか。
桜だって、おんなじですよ。ろくに患者に触りもしない医者を信用なんてしませんよ。
数字は症状の原因を判断するのに必要かもしれないけど、
治療する時、本当に役に立つのは、その医者の経験値でしょう? 
その医者の経験を基にした判断の、何が間違ってるって言うんですか」    
身振り手振りを加えつつ、気づいた時には夢中で弁を揮っていた。
松田が聴診器を耳から外し、羽太を見る目を丸くする。

はっとして羽太は我に返り、思わず後ろに退いた。
何を勝手に熱く語っているのかと、急に恥ずかしくなってくる。
羽太は視線を宙に彷徨わせ、手元まで伸びた枝垂れ桜の細い枝を摘んで見た。
そのまま蕾の膨らみを眺める振りで、自分の呼吸を落ち着かせる。
今の場違いなほどの熱弁は、なかった事にして欲しい。
二月の厳冬の朝だというのに、羽太は顔が熱くなるのを感じつつ、枝垂れ桜の枝ぶりを
を久しぶりにじっと見た。

庭に植えられたこの若木の桜は羽太の祖母が平家桜の種を拾い、発芽させて苗に育て、
庭に植えた桜だった。
いわば、平家桜の子孫の桜だ。
樹齢二十年程だと聞いているが、平家桜によく似た濃い紅色の花を毎年つける。
平家桜は村の皆の財産だ。けれど、この枝垂れ桜は「うちの桜」だと祖母は言い、可愛がって
大切に育てていた。

「……あの。もしかして小泉さんと、昨日からちょっと空気悪くなってたのって」
話の続きを蒸し返すのは躊躇われた。
それでも平家桜の主として、桜に関わる大事な二人の齟齬を見過ごすわけにもいけないと、
恐る恐る問いかけた。
「別に……」
案の定、小泉の名前を出した途端、松田が眉を寄せ、口をへの字に折り曲げる。
それ以上、松田は否定も肯定もしなかった。だが、聴診器を再び装着し、憮然としながら
庭の枝垂れ桜の診察を再開するあたり、そうだと言ったも同然だ。

「小泉さんは桜祭りの実行委員長なんで、主役の平家桜が枯れそうだって聞いて
パニックになったんだと思います。何か気に障るような事があったんだとしたら……」
「いい。言われなくてもわかってる」
小泉を擁護しようとした羽太は、松田に鋭く遮られ、謝罪の言葉を呑みこんだ。

それは、そうだ。松田は羽太よりずっと年上の大人なのだ。
自分のやり方がすべての人に理解されるとは思っていない。その現実を現実として受け止めて
それでも自分のスタンスを貫く職人なのだろう。
一方の小泉も仕事は速いし、有能だ。
有能だからこそ、「何となく」のような曖昧な返答は返事になっていないと断定する面もある。
それこそ、状況を図面や数字でデータ化して資料を提示し、
なおかつ論理的に説明できる相手の話は信用する。そうでなければ胡散臭いと警戒する。
感覚で通じ合うというというよりも、頭で理解したいタイプなのだ。

松田はそれきり口を噤み、庭の枝垂れ桜を入念に調べている。
鼻が擦れるぐらい顔を寄せ、樹皮の色や乾燥具合を手で触って確かめたり、
一本の枝についている蕾の数を数えたり、忙しなく動き続けていた。

もうこれ以上話しかけるなと言わんばかりに、松田は作業を休めない。
冬の朝まどき。活気づく雀が鳴き騒ぐ声が楽しげだ。
羽太は視線を合わせてくれなくなった松田を前に途方に暮れて黙っていた。

小泉は同じ集落の住民だ。平家桜を主役にした桜祭りに毎年奔走してくれる同志でもある。
その小泉の立場や心情も、松田には理解して欲しい。
また、小泉にも同様に、松田のスタンスを信頼し、平家桜を託して欲しいと思っていた。
けれど、二人とも考え方も立場も違う大人だった。
友達同士のトラブルの間に入って宥めるようには、なかなか巧くいかなくて、
羽太は自分のスキルのなさを痛感した。

ただ、羽太は二人に生じた亀裂に対し、困ったという当惑以上に松田の機嫌を損ねてしまった
事の方に心が激しく揺れていた。
松田の機嫌を取りたいとすら思っていた。



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