「咲かない桜の桜守」
第二章

咲かない桜の桜守 6

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その後も日が落ちるまで作業を続けた松田が、自分の車で羽太の車を追って来る。
バックミラーで背後を時々確認し、外灯も少ない山道をらせん状に下り切り、
羽太は乾山の山麓にある自宅まで戻ってきた。 
 
南信州では名の知れた旧家でもある三浦家は裏山を含めれば、
敷地だけでも千坪はある。
家の方は瓦葺きの平屋の母屋と日本庭園、
数棟の離れと土蔵を漆喰塀が、ぐるりと囲んでいる。
ただ、その母屋にも離れの棟にも明かりは一切点されておらず、
深い闇の中に家屋敷が威圧感だけを示している。    

「体も冷えちゃってるでしょう? すぐに風呂を沸かします。先に入って下さいね。
その間に夕飯の支度をしますから」
羽太は格子の引き戸の鍵を開け、冷たいタタキに松田を迎え入れる。
声をかけつつ、玄関や黒光りする長い廊下に次々灯りを点していると、
遠慮がちに松田が言った。

「……ご両親は留守なのか?」
「えっ?」
聞かれて初めて羽太は『そのこと』に、気がついた。

「いえ、実は両親が乗った車が事故に遇って、二人とも二年前に亡くなったんです」
 
両親が松田に平家桜の治療を依頼したのが四年前なら、
その二年後に亡くなった事になる。二人の知人にはひと通り報せたつもりでいたのだが、
連絡が漏れていたのかもしれないと、頭を下げて謝った。

「そうか、それは本当に……」
ニット帽を脱いだ松田が眉をしかめて語尾を濁した。
「あの後、昨夜もこっちに電話したんだけど、留守電だったから」
「そうなんですか?」
確かに松田は駐車場に向かいつつ、電話をしていた気がするが、
おそらくうちの固定電話の番号にかけてしまっていたのだろう。
だとしたら、誰も出ないに決まっている。
羽太は、せっかく両親にも事情を伝えようとしてくれていたのなら、
さらに申し訳ない気持ちになった。
Uターン就職し、この家に一人で住むようになって以来、自宅の固定電話の着信記録も、
ろくに見てもいなかった。

「二人ともあんなに桜を大事にしていたのに全然見に来ないから、どうしたのかとは思ってたけど……」
思ってはいたが、口にはしない。
電話はするが、メッセージは残さない。松田という男は、いろいろ何かが足りなさそうだ。
態度も言葉も横柄なのに、変な愛嬌がある人だ。
羽太は松田が微笑ましくなる。たぶん松田の方がかなり年上のはずなのに。

「良かったら線香をあげてやってくれませんか? 今度も松田さんにお世話になる事ができて、
きっと喜んでると思います」
恐縮している松田に羽太は努めて明るく微笑んだ。
もう二年前の事なので、とっくに気持ちの整理はついている。
とりあえず風呂に湯をはって、松田を仏間に案内した。

両親の遺影が掲げられた仏壇の前に座るなり、松田は折り目正しく線香を上げた。
そのまましばらく手を合わせ、真摯に祈りを捧げてくれる。
その静謐な背中を眺めるうち、羽太は胸の奥がじわじわ温まるのを感じていた。  
言葉足らずで無愛想でも、人としての根本のところは心底優しい。
そんな気がする広く逞しい背中だった。 

「風呂、入りましたんで。ゆっくり温まって下さいね。
僕、台所にいますから、何かあったら呼んで下さい」 
羽太は松田にタオルを渡して風呂場で別れ、ワイシャツの上からエプロンを掛けた。
生憎、村には夜遅くまで食事ができる店はない。道の駅のレストランも、
夜の営業時間は八時までだ。
観光シーズンは営業時間も延長するが、過疎村なのでシーズンオフは、
土産物屋も早仕舞いする店が多いのだ。

とはいえ、繁華街まで車で出るより自炊の方が早いし旨いと松田を誘って呼んだ手前、
それなりの物は出すべきだ。羽太は意気込んで冷蔵庫を開け、
中身を物色していると、リビングダイニングの入口に、風呂からあがった松田がのっそり現れた。 
 
母屋は両親の存命中にリフォームを済ませている。
リビングダイニングも楢床材張りのモダンな造りだ。対面式のシステムキッチンに、
一枚板のダイニングテーブル。塗りの柱に漆喰の壁。
交差した黒い梁に吊り下げられた天井灯がリビングの暖炉や和箪笥、
イタリア製のソファセットを琥珀色に照らしていた。
インテリア好きの亡き父親がこだわって集めたそれらの家具を、松田は物珍しげに眺めている。

「ビールでも飲みますか?」
羽太が肩越しに訊ねると、
「ああ、ありがとう」と頷いて、上下スウェット姿の松田が濡れ髪の雫をタオルで拭った。
ずっとニット帽に押しこまれていた黒髪が無造作に下ろされているだけで、
ドキっとするほど艶めいて見える。
羽太は改めて彼が俳優張りのイケメンなんだと、感嘆した。
それなのに、松田からは自分の容姿を武器にしようとするような自意識は感じられない。
樹木以外の世俗の事には無頓着。
そんな浮世離れした空気を常にまとっている。



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