「咲かない桜の桜守」
第一章

咲かない桜の桜守 5

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「まさか、こんな田舎の桜が犯罪被害に合うなんて。なんか信じられないよ……」
小泉は携帯を松田に向けたまま、羽太を肩越しに振り向いた。
怒りというよりショックの方が大きいのだろう。
恰幅のいい体格とは対照的に蚊の鳴くような声で嘆き、深々と息を吐き出した。
羽太も、ともすれば一緒に泣き出しそうになる。

「とにかく今は桜の治療に専念しましょう。犯人は検挙されてるんですし。
今の僕達にできるのは、それだけですから」
けれど、平家桜の所有者は自分であり、ある意味、主人だ。
そんな自分がめそめそしている場合じゃない。羽太は自分を奮い立たせ、
丸くなった小泉の肩をポンと叩いて励ました。        
「良かったらどうぞ」
持参したペットボトルのお茶を小泉に渡し、一本を松田に差し出すと、
松田がようやく手を休める。
くぐもる声で形ばかりの礼を述べ、歯で噛んでペットボトルの蓋を開けた。
幹の根元近くには英字のラベルが貼られたプラスチックボトルの注射器が十数本射ち込まれている。

「栄養剤か何かですか?」
「除草剤を中和させる解毒剤らしいけど」
訊ねた羽太に松田ではなく小泉が答える。
そのいつになく険のある言い方に羽太は違和感を覚えたが、小泉はさらに進み出て言う。       
「さっきから全然減ってないんですけど、本当に大丈夫なんですか?」       
「小泉さん……?」
「解毒剤が減ってないのは、養分や水を吸いあげる根の力が弱ってるからだ。
別に射つ場所を間違えてるわけじゃない」 
「だったら、逆に負担になったりしないんですか? 弱ってる樹にこんなに薬を射ったりして」
 
語気を強めて松田に詰め寄り、小泉が釈明を求めている。
改めて二人に話を聞くと、何の計測も検査も行わないまま、
どんどん治療を進める松田を小泉は不審がっている。
一方の松田は素人のくせに口出しするなと、憤慨しているようだった。
どうやら自分が警察から戻ってくるまで、ずっとこうして言い争っていたらしい。
小泉は素人のくせにと吐き捨てられ、再び松田に目を剥いた。

「注射された除草剤だって、いろいろあるじゃないですか。なのに検査もしないんですよ?
さっきから解毒剤だけやたら射って、それでどうして有効かどうかわかるんですか!」             
「この解毒剤は薬じゃない。樹液と同じ成分の浸透液だから、射ちすぎて害になったり枯れたりしない」 
 
つまり、大量に樹液を輸血して毒性を薄める意図なのだろう。
小泉もようやく合点がいったのか、ぐっと喉を詰まらせて、それ以上反論しなかった。
とはいえ、口をへの字に曲げている。

「後は根の状態を整えて、吸収力を高めるだけだ。検査薬で毒の成分を特定したり、
樹の高さ測って幹周りを測って計算してから射つ量決めるなんて、
チマチマした事いちいちやってられるかよ。解毒はスピ-ド勝負なんだ」
松田は忌ま忌ましげに言い足して、再び根元に膝をついた。

それならそれで説明しながら作業すればいいのにと、羽太は松田を見下ろした。
納得さえすれば、小泉も喧嘩腰になったりしない。
村の唯一の観光資源の危機だと知って動揺し、気が立っているだけだ。

それなのに、松田はそんな小泉の心情になど配慮せず、
不遜な態度で小泉を更にイラつかせたに違いない。羽太は思わず嘆息した。

ただ、当の松田はどこ吹く風だ。
痩せ細った牛蒡のような根の土を刷毛で丁寧に払い落とし、その根の近くに炭を並べ、
上から再びスコップで土をかけている。  
「どうして炭も埋めるんですか?」
「土壌の殺菌。あと、水捌けも良くなるし」
松田は、いちいち聞くなと言わんばかりに物憂げに応対し、ひたすら作業に没頭しているようだった。
ただ、そんな態度とは裏腹に、土を掘ったりかけたりしている松田の手は、
遺蹟発掘のように繊細で慎重だ。
最初に治療は無理だと言いながら、松田はまだ平家桜を見捨てていない。
必死に蘇生させようと、手を尽くしてくれている。
そんな気がして、羽太は不意に胸が熱くなってきた。

「松田さんって、昨日はどこに泊まったんですか? この辺ホテルも旅館もないでしょう?」
羽太が松田の隣にしゃがみこみ、膝を抱えて訊ねると、
隣で彼が訝しげに首を傾げて羽太を見た。
「……市内のビジネスホテルに泊まったけど」
「だったら、家に来ませんか?市内からここに来るまで車でも一時間かかりますし、
雪が降ったら大変じゃないですか。」
羽太もまた、痩せ細った根を見つめながらボソボソ告げる。

「三浦君……」
松田の擁護と取られかねない申し出に、小泉がむっとするのがわかったが、
羽太は松田の返事を待つ。
そもそも今回、桜の応急処置を頼んだのは、松田がそこにいたからだ。
しかも、この平家桜を四年前に治療した経験もある樹木医だ。

けれども今は自分の意思で、瀕死の桜を彼に託してみたいと思っている。 
松田はきっと人知を遥かに越えたところで桜と通じ合っている。
それは小泉の言う理屈ではなく、確信に近い直感だ。羽太が早鐘をうつ胸の鼓動を感じながら
上目使いにおずおず松田を伺い見た。
すると、松田は常に寄せていた眉間の深い縦皺をわずかにゆるめ、微笑んだ。



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