「咲かない桜の桜守」
第一章

咲かない桜の桜守 4

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「ほら、見て下さい。幹のここに、注射痕があります。樹の根が吸った養分を、
末端まで運ぶ管に直に薬剤が射ってあって、毒の回りが早いんです。
たぶん、射たれてまだそんなに日が経っていないとは思います。だから、見た目にはそんなにわかりません。
でも、中の方では症状がかなり進行していると思います」

思いもよらない診断に、二人は顔色を失った。
彼が差した注射跡に、言われるままに顔を寄せた。
苔むした桜の大蛇のようにうねる根元の近くだった。桐で開けたような細い穴がある。
松田が、その周囲の表皮をナイフで小さく削り取ると、
本来なら乳白色のしっとりとした幹肌が、乾燥しきって赤茶けてしまっている。

「……どうして、こんなひどいこと」
目を疑うような惨状に、羽太も小泉も継ぎの言葉が出てこない。 
「とにかく警察に届けて下さい。目的は何であれ、器物損害の犯罪ですから」
「そんな……。じゃあ、平家桜はどうなるんです? 樹齢八百年の神木ですよ?」  
 
小泉が八つ当たりのように松田に迫り、声を荒げてまくしたてた。
それでも彼は苦い顔で眉をひそめているだけだ。
羽太は咄嗟に二人の間に割って入り、長身の松田を仰ぎ見た。 
「だったら、松田さん。何とか治療して頂けないでしょうか。お願いします。
滞在費用も交通費も、こちらで支払わせて頂きますから」

無意識に松田のコートの袖を引き、声を震わせ頼みこんだ。 
平家桜は先祖代々守り継いだ神木であり、過疎村の貴重な観光資源だ。
その唯一無二の名木を枯らすわけにはいかないと、
目の前の樹木医の腕を両手で掴んで訴える。それでも松田は戦慄く羽太に目を移し、
まるでどこかが痛むように顔を歪めただけだった。        


そのあと、すぐに羽太は車で山を下り、市内の警察に事の経緯を届け出た。
すると、面談のために個室に通され、驚くべき事実を警察官から告げられる。

「実は先日、同様の手口で巨木を枯らした容疑者が逮捕されたばかりなんです」
そう言いながら見せられたテレビの録画画面には、頭からジャケットを被り、

警察官に連行される猫背の男。材木屋だというその容疑者は、
減少の一途をたどる樹齢百年以上の国産物を確保するため、神社などの御神木、
天然記念物として保護されてきた全国の巨木に除草剤などの薬剤を注入。
故意に枯死させ、倒木に追いやった木を何食わぬ顔で買いに行き、
木材として入手しては、高値で売っていたという。手口からして、この男の犯行だろうと説明された。  

「犯人は、表皮からちょうど四センチ奥に入った管に的確に薬剤を注入していたもんですから、
捜査当初から林業の専門業者だろうと言われてました。
というのも、この管は根が吸った養分を末端まで運ぶ動脈みたいなものだそうなんです。
ですから毒の回りも、かなり早い。枯らしてすぐに買い取って、木材加工してしまえば、
木材としての価値もそれほど下がらないという、計算づくの犯行でした。
なにせ国産で樹齢百年以上ともなれば、輸入物の十倍の値はつくそうです」
「……じゃあ、本当に金のために神木を狙ったって言うんですか?」

羽太は憤りを通り越し、頭の中が真っ白になった。
しかも、これまで除草剤を射たれた木々は根まで腐朽してしまい、
すべて倒木されているという。
羽太が身動ぎもせずに録画映像を見ていると、正面に座る警官も溜息を吐いた。
「この度は本当にお気の毒でしたね……」
 
調書を取ってくれた警官も心からのそれとわかる慰めを述べてくれた。
だが、たとえ犯人が逮捕されようが、瀕死の桜が元に戻るわけではない。
羽太は半ば茫然自失で警察署を後にした。それでも車を飛ばして戻った先は、
やはり平家桜の元だった。
 
乾山公園の駐車場に停まっているのは、昨夜と同じく松田の車が一台だけ。
澄み渡る青い空を背景に、老いた桜が冬枯れの枝を伸ばしていた。

「……お疲れ様です」
 
平家桜の根元をスコップで掘る松田に、羽太は力なく声をかけた。
無言で目礼を返してきた松田の手元に小泉が携帯をずっと向けながら、動画撮影を続けている。
松田にも小泉にも、警察でのやりとりは既にメールで知らせてある。
とはいえ、松田の作業を写真ではなく動画で撮る意味があるとまで羽太にはとても思えない。
何だか記録というよりも、証拠を抑えるといったような、
松田に対する小泉の軽い悪意や不信感を羽太にも肌で感じさせた。



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