「咲かない桜の桜守」
第一章

咲かない桜の桜守 2

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「うちのって、じゃあ……、三浦さんの家の子なんだよな?」
「えっ……?」

逆に男に詰め寄られ、羽太は一瞬たじろいだ。
ダウンコートにジーンズにマフラー、そしてニット帽という、シンプルでカジュアルな服装だ。
あらためて見れば、人目を憚り、何かしようというような挙動不審なところはない。
羽太が来たからといって、逃げようとする素振りもない。
しかも、男は長身なのに頭は小さく、手足の長い、いわゆるモデル体型だ。加えて眼光鋭く、
彫りの深い顔立ちに月の光が濃い陰影を作り出し、圧倒されるようなイケメンだ。

小柄な上に童顔を自覚している羽太は、まず、オスとして圧倒的に優位な男に無言のうちに
押し負かされ、男の腕を勢いで掴んだその手を離していた。

「明日の朝。桜の状態を、もっと詳しく確認したい。帰ったら、家の人にもそう言っておいてくれ。
一緒にいてもらった方が話が早い。確か三浦さんのお母さんは、会社員じゃなかったはずだ。
朝、七時ぐらいなら大丈夫だろう?」 

男は一方的にまくしたてた。文字通りの、頭ごなしの命令口調だ。
羽太も、さすがにカチンときた。

「大丈夫じゃねえよ! 俺だって明日も仕事あるんだし!」
「はあ? 仕事? 何だ、学生じゃなかったのか。三浦さんちには、
小さい男の子が一人いた気がしたのにな」

てっきり大学生か、下手をすれば高校生だと勘違いしていたかのような声色と顔つきだ。
あからさまに目を見張り、男は羽太を上から下まで見回した。
それでもまだ、納得しかねるように眉を寄せる。少し首を傾げている。

確かに今日はスーツの上に着ているのは紺のフード付きダッフルコートだ。
鞄も肩から斜め掛け。ぐるぐる巻きにしたマフラーでネクタイも隠れている。
紺のスラックスも制服に見えないことはないだろう。
だから、その『確かいたはずの小さい男の子』のつもりで、話を進めていたらしい。
に、してもだ。失礼だ。
いくらなんでも自分はもう二十五歳だと、羽太は眦を吊り上げる。

女の子なら若く見られれば嬉しいのかもしれないが、二十五の大の男が高校生に
間違われ、喜んだりしたら変態だ。この男は自分がどれほど失言を重ねているのかすら、
全然わかっていないらしい。

「とっくに社会人だよ!そっちの方こそ何なんだ、さっきから!」  
まるで、この『平家桜』の所有者のような口ぶりだ。
そのうえ、やけに家の事情に詳しいところも気味が悪い。

それなのに、おそらくこの男は『確かいたはずの小さい男の子』に、
実際には会ったことはないからこそ、羽太を見て驚いた。
羽太も、こんな男に面識はない。

「俺は四年前に三浦さんのご主人に頼まれて、平家桜を治療した桜守だ」
「……えっ?」
羽太は小さく「桜守……?」と、くり返した。 
けれど、男は名前すら名乗らない。
動揺する羽太のことなど眼中にない顔つきだ。羽太はようやく、事の重大さに気がついた。
さっきから、男は苛立ち、焦っている。
つまり、それだけ事態は深刻で、余裕がないということだ。

「とにかく、この桜は瀕死に近い状態だ。朝になってよく診てみないと原因までは言えないが、
治療するなら持ち主の許可が必要だ。だから、明日は三浦さんの家の誰かに必ずいて欲しい。
いいな? わかったな?」  

言うだけ言って羽太を押し退け、携帯で話をし始める。
そして、駐車場まで続いている薄暗い遊歩道を足早に去る男を羽太は、
唖然と眺めているしかない。 
 
確かに以前、あまりの猛暑で枯れかけた平家桜を樹医に診せて治してもらったことがある。
当時は東京の大学に通っていたため、立ち合うことはなかったが、
その樹木医は、まるで桜のあの太い幹の中の隅から隅まで見えるみたいに治療した。
そんな風に両親が、感嘆しながら電話をしてきた記憶が羽太にも僅かに残っている。

「それじゃあ、あいつがその時の……?」
 
羽太の驚きに満ちた囁きが白い息になって立ち上り、夜の闇に紛れて消える。
その彼がどうして急に、しかも夜中に突然来たりしたのだろう。
まだ、村の誰も気づいていないはずだった。そんな程度の思い過ごし。
自分の危惧だと思いこんでいたかった。
それなのに、自分が感じた桜の異変が証明されつつあるようで、
羽太は男を追いかけることもできずにいた。




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