「咲かない桜の桜守」
第一章

咲かない桜の桜守 1

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三浦羽太みうらうたの実家が代々所有してきた乾山いぬいやまには樹齢八百年の桜の木がある。
その昔、この人里離れた山岳地帯に逃げのびた平家の姫が、
手づから植えたとされる伝説から『平家桜』と、名付けられ、
御神木のように村人からも守られ、崇められていた。
 
羽太がその平家桜の異変に気がついたのは、二月の下旬。
ちょうど、村役場が主催する桜祭りの準備が始まる時期だった。   

「今年の桜はどうだろうなあ。去年は予想日より一週間も早く咲いちゃって。
桜祭りをやる前に全部散っちゃっててさあ。お客さんにずっと頭下げてなきゃならなくて」
「桜は紅葉と違って、開花予想も満開予想も難しいし」

祭りの役員も兼ねる村役場の職員達が、ぼやいている。
この日は、来月末から開催される桜祭りの打ち合せのため、
桜の所有者の羽太と、村役場の職員の数名が役場の会議室に顔を揃えていた。

「今年は雪が多いですし、もしかしたら、いつもより遅くなるかもしれないですね」
羽太は四角形に組まれた長机の隅に座り、机の上に用意された
資料に一通り、目を通す。
「遅れたら遅れたで、また気ィ揉むし。
こんな辺鄙な山奥に見に来てもらって,、咲いてないんじゃ申し訳ないからなあ」
メタボ体型の上に花粉症だという小泉はマスクをしているせいなのか、
曇った眼鏡をたびたびネクタイで拭いていた。 

「桜は咲いてなくても申し訳ないし、散っちゃってても申し訳ないですからね。
本当にまだ二月なのに、僕も今から胃が痛くなりそうですよ」
羽太も苦笑しながら眉を下げ、スーツの上から胃を撫でた。

とはいえ、羽太が準備の段階から祭りに携わるようになったのは、
去年、東京の大学を卒業し、この村の国道沿いに新設された道の駅に就職してからのことだった。
一方、役場の中堅所の小泉は、今年でもう九回目となる。
小泉のUターン就職組だ。年が離れているので、それほど親しくはないけれど、
何しろ狭い村社会だ。お互いの顔や経歴や家族関係程度の情報は知っている。

羽太が東京から戻ってきた時には、小泉に「四年経って、成人しても変わらねえなあ」と、
言われてしまった。
何が変わらないのかといえば、もちろん顔と体型。
平家の落人の血筋だという父親似の色白な瓜実顔に薄い唇。
その父親とは真逆な顔立ちの母親似だという、気の強そうな猫のような目。
鼻筋の通った高い鼻に一文字の眉。
よく、「両親の良いトコ取り」の顔だとは言われるが、羽太は背だけは長身の父親に
似たかったと、心の底から思っている。

「それじゃあ、今年は祭り会場で配布される案内書に、新設された道の駅の情報が、
記載されていますんで。観光のお客様に聞かれたら、何でも答えられるように準備して下さい。
それ以外は、去年とほぼ同じなんで、問題ないと思います」
ベテランの彼が部下の役員勢にテントやテーブルなどの備品の手配、
提灯などの飾りつけやポスターの準備をてきぱき指示して、初回の会合を終わらせた。

「お疲れ様でした。じゃあ、今度の会合は来週の水曜日でよかったですね?」
「はい。また水曜日に」
 
羽太は小泉や他の職員達と会釈をかわし、笑顔で会議室を後にした。
けれど、ドアを後ろ手に閉め、冷えた廊下に出た途端、思わず深い溜息がもれる。
羽太はスーツの上にコートを羽織り、首にマフラーを巻きつけた。
こうして毎年当たり前のように開かれてきた桜祭りの準備を始めようという時だ。
主役の桜の様子がおかしいだなんて、安易に口にはできなかった。

不穏な予感を腹に収め、羽太は役場を後にした。
帰宅する前に、もう一度、平家桜の様子を見るために乾山へと足を向けた。

山肌に添って螺旋に上がる一本道は宵の口でも車一台通らない。
道なりに点在している民家の戸口も堅く閉ざされ、ひっそり静まり返っていた。

この森閑とした山道をひたすら歩いて登って行くと、やがて右手に駐車場が見えてくる。
この無駄に広い駐車場も桜祭りの期間だけ、朝から晩まで満車になる。
羽太は軽くあがった息を駐車場の入り口で整えた直後、思わず「あれっ?」と口に出した。
手元の懐中電灯を前に向けた。
シーズンオフは外灯も消される真っ暗な駐車場に、ぽつんと一台乗用車が停まっていた。
けれど、この駐車場の奥には平家桜と村営の公園があるだけだ。
今の時期、しかも夜中だ。観光客だとは考えにくい。  

「……カップルかなあ」
 
車中に人の気配はなかったが、羽太は胸騒ぎがして足早に駐車場をつっ切った。
そのまま小走りになって遊歩道を進んでいくと、
閑散とした公園の片隅に、枝垂桜の巨大樹が美しい佇まいをみせていた。   
 
樹高は、およそ十八メ-トル。 
苔むした主幹から分離した無数の支幹と枝張りは、
東西に十三メートル、南北十メートルにも及んでいる。
満開時に薄紅色に染まった枝が天上から二重三重に降り注ぐ様は、
さならが花の滝だと謳われてきた。
今は外灯も点されないまま、桜の三方を囲う山々が夜空に漆黒の稜線を連ねていた。   
 
その深い闇に壮麗な枝の黒影を広げる桜の根元で、丸い光が上下しながら揺れている。
羽太は咄嗟に息を殺し、懐中電灯を下に向けた。
そうして真の闇に目を凝らすうち、懐中電灯の細い明かりで桜を照らし、
周囲を行ったり来たりしている人影が見えてくる。

「おい……っ!」
 
思わず怒号を発した紘が懐中電灯でその人影を照らしつける。
一気に頭に血が昇り、考えるより先に走り出していた。
一方、突然光をあてられた男は顔を腕を覆い隠し、よろめいた。

「うちの桜に何やってんだ! てめぇ、もし本当に何かしやがったんなら警察呼ぶぞ!」

羽太は怪しげな男を怒鳴りつけた。
こんな夜中に季節外れの桜の周りをうろつくなんて、不審者以外の何者でもない。
桜の異変がこいつのせいなら絶対に許さない。
逃すものかと、羽太は不審な男に飛びかかり、男の腕を掴み取った。
けれど、よく見ればまだ二十代後半の若い男は逃げ出すどころか、
ただ驚いたように背後の羽太を振り向いた。 

「……うちの、桜?」



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