「死か降伏か」
第三章 LOSE-LOSE

死か降伏か 56

 ←死か降伏か 55 →死か降伏か 57
坪庭で鈴虫が鳴いている。
迷路のような家屋の回廊をめぐるうち、突き当たりのかわやの前で、うづくまる土方に気がついた。

「大丈夫ですか?」
 
背後から声をかけると、土方は土気色をした顔をぼんやり上げた。
沖田はそのまま土方の肩を組んだ。

「総司」
「店の者に空部屋を用意するよう頼みました。そちらで少し休まれるといい」
 
沖田は長身の土方を半ば引きずって、板敷きの廊下を歩き出した。

遊女を呼んで遊興させる揚屋あげやでもある
この楼の人間が土方のために用意したのは、
賑やかな大広間から遠く離れた、二階の奥座敷だった。

和洋折衷のしつらえで、格式高い格天井には擦り硝子のシャンデリア。
襖は銀箔。床の間の違い棚には花鳥を描いた九谷焼の香炉が置かれている。
その隅々にまで意匠いしょうを凝らした典雅な
奥の間に通された。それは、そのままこの楼の人間が土方に下した評価でもある。
 
月明かりに照らされた欄間の格子の影が薄闇の中でぼんやり畳に映っている。

「土方さん。失礼しますよ」
 
総司は既に敷かれた布団の上に土方を寝かせ、衿と帯をそれぞれゆるめる。
それでも、よほど酒が過ぎたのか。
鬼の副長の土方がだんまりを決め込み、息苦しげに目を閉じて、
年下の総司にされるがままになっている。

「なんだか、今夜は江戸にいた頃の土方さんに戻ってしまったみたいだな」
 
素直にその身を預けてくれる無防備さが、
多摩の田舎でくすぶっていた頃そのままの、兄貴分の土方を思わせた。
総司は故人を懐かしく忍ぶような切ない気持ちになりながら、
女中に用意させた盥の水と手拭いで、土方の口元を洗い清めた。

「それじゃ、私は宴席に戻ります。土方さんは、おつらいようなら、
このままお泊りになって帰られるといい。
私から組の者にも楼の方にも、そのように伝えておきます」
 
行灯の火を吹き消すと、
月明かりに映える絹の布団の緋色が女の肌のように艶めいて見えた。
 
吐しゃ物を清め終え、その布団に横臥している土方に静かに布団をかけた時だった。
返り討ちでも仕掛けるように、素早くその手を土方が取った。

「土方さん」
 
沖田は思わず肩を引いた。

「これは、お前にだけ言っておく」
 
土方は掴んだ沖田の右手をたぐって気だるげに起き上がり、
枕元に置かれていた水差しからコップに水を移し替え、それで口を濯ぎ出す。

「驚かさないで下さいよ。死んだ人が生き返ったかと思ったじゃないですか」
 
負けず嫌いの土方の意趣返しに合った沖田は胸に手を当て、抗議した。
そんな沖田に土方は何も言わずに背を向けて、
含んだ水を盥に鋭く吐き出した。
 
「蔦屋の件だが」
 
土方はもう一度盥の中に唾を吐いた。執拗に唾を吐いて手の甲で口を拭い、
ようやく沖田に顔を向けた。 

「しばらく見送る」
「なぜですか?」

沖田は内心の動揺を押し隠し、努めて平静を装いながら低く訊ねる。




にほんブログ村
にほんブログ村 BL小説

小説投稿サイト【 カクヨム 】でも、
『東京ラプソディ』という、昭和初期のカフェーを舞台にした、レトロなBLを書いています。
東京ラプソディの【 カクヨム 】ページは→ こちら から
スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ 3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ 3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ 3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ 3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ 3kaku_s_L.png 向かい風を行く
もくじ  3kaku_s_L.png 電子書籍関連
総もくじ  3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ  3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ  3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ  3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ  3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ  3kaku_s_L.png 向かい風を行く
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【死か降伏か 55】へ  【死か降伏か 57】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 現在非公開コメン卜投稿不可です。
  • 【死か降伏か 55】へ
  • 【死か降伏か 57】へ