「死か降伏か」
第三章 LOSE-LOSE

死か降伏か 54

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しかし、長州藩も黙って引き下がってはいなかった。
奪われた堺町御門を奪還せんとして藩邸に集結し、
今すぐにでも兵を挙げ、そのまま討幕に討って出ようとするかのような
一触即発の事態が続いていた。

そんな長州藩と、会津薩摩両藩の落とし所を探るために、
尊王攘夷派と佐幕派に対して
中立的な立場を保つ鷹司卿たかつかさが御所に参内した。

「三万もの長州藩兵を、これ以上激昂させるのは得策ではない」
 
として、朝廷へ長州藩への取りなしを図ったが、
朝廷と会津、薩摩の両藩に突っぱねられ、追い返されることとなる。
その一方で、今上帝のてきを国外へ追い払い、鎖国を守り通すという攘夷への
意思だけは固かった。
今上帝が長州藩を完全に手放しきれずにいるという、そうした矛盾が、
混乱に混乱を招く遠因でもある。

「朝廷は長州藩も変わらず頼みにしている以上、決して短慮に走ることなく、
ますます勤皇きんのうを持って忠力えっすべき」
 
とする、帝の宣旨せんじを奉じ奉ることにより、長州藩は国元への蟄居ちきょを辛くも受諾した。

すると、早くもその翌日の十九日には、
長州勢と攘夷派公卿の七名が京を追われ、国へ戻った。
世にいう『七卿ななきょう落ち』である。
 
こうして八月十八日の政変は、始まりと同じく至極平和に、無血のまま幕を閉じた。
 
壬生組も長州勢と一戦を交えることはなかったが、
後方警護の功績が認められ、名を『新撰組』と改める。
芹沢鴨を粛正し、
あらためて近藤勇を局長に、そして土方歳三を副長に据えた巨頭体制の発足だった。 

その新体制発足の直後、
新撰組では一連の隊士の働きを労う宴席が島原でもうけられた。
豪勢な大広間に鶴と松が描かれた金屏風を立て、
上座に君臨するのは近藤、土方、山南の『近藤派』幹部である。




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