「死か降伏か」
第三章 LOSE-LOSE

死か降伏か 49

 ←死か降伏か 48 →死か降伏か 50
一八六三年九月三十日(旧暦一八六三年八月十八日)。午前一時。
朝廷の伝統的権威と幕府の結びつきを強化して、
弱体化した幕府の権威を立て直そうと画策する諸藩の藩主らと、
気脈を通じる中川宮親王なかがわのみやしんのうが御所に参内した。

続いて会津藩主の松平容保まつだいらかたもり
淀藩主で京都所司代の稲葉正邦いなばまさくにが、それぞれ藩兵を率いて御所入りし、
九つあるすべての御所の門を閉じさせた。

このように、会津と薩摩藩主導で決行された八月十八日の政変は、
一振りの舞のような静寂に包まれながら幕を開ける。

中川宮親王に遅れて半刻ばかり。
前関白の近衛忠煕このえただひろ父子。
一橋慶喜公の従兄弟にあたる左大臣二条斉敬にじょうなりゆきも相次いで参内した。
いづれも、朝廷と公家の権威を復興させる目論みにおいて
幕府側と利害が一致するとして、
公武合体政策に賛同してきた公家たちだ。

彼らが御所入りしたのち、
堺町御門の守りは、薩摩藩兵が請け負った。
この門は日付けが変わる直前まで、
長州藩が警護を仰せつかっていたはずの門だった。

そして、午前四時。
すべての門の守りが固められたことを知らしめる大砲が鳴り渡り、
未明の京の人々を何事かと驚かせた。

その日の朝、千尋は夜も明けきらない黎明れいめい時から二階の居室の窓を開け放し、
黒々とした杜に覆われた広大な御所を見つめていた。
傍らに立つ佑輔も窓枠に手をかけて、漆黒の御所の一角を臨んでいる。

「千尋さん。このまま京は戦場になるんでしょうか」
 
不安げな、か細い声で呟いた佑輔を千尋はちらりと横目にした。
佑輔の若く匂やかな肌に微かな翳りがさしている。

「さあ。……それは時の運だからな」
 
千尋もいつになく神妙に答えると、
縋るものを求めるように窓の手すりを握りしめる佑輔の手にそっと触れた。
 
歴史は流れるようにしか流れない。
その流れを人が作り出すことはなく、人はただ、その奔流に乗るかそるかの選択を
常に迫られているだけだ。
人の身分によらず、
この世で天意だけが平等に不可侵の領域だ。

その神というものの無情さを、
千尋は佑輔の澄んだ目に焼きつけて欲しかった。
戦場と化した亰の町で、もっとも力弱き人々が逃げ惑い、生きながら焼き払われ、
断末魔の声を上げようと、
力なき者たちの声にこそ耳を傾けて欲しかった。

手すりにかけた佑輔の手を、決意を秘めて握り込むと、
佑輔が訝るように目を上げた。
それでも黙って目を見つめ、千尋は唇を一文字に引き締める。
神がどれほど無慈悲でも、必ずお前は守り抜く。

そのためになら、自分は神よりも非情な悪になる。
悪になって佑輔の盾となり、
穢れた醜い悪として戦うと、秘めた決意をあらたにした。




にほんブログ村
にほんブログ村 BL小説

小説投稿サイト【 カクヨム 】でも、
『東京ラプソディ』という、昭和初期のカフェーを舞台にした、レトロなBLを書いています。
東京ラプソディの【 カクヨム 】ページは→ こちら から 
スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ 3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ 3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ 3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ 3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ 3kaku_s_L.png 向かい風を行く
総もくじ 3kaku_s_L.png 一緒にいようよ
もくじ  3kaku_s_L.png 電子書籍関連
総もくじ  3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ  3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ  3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ  3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ  3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ  3kaku_s_L.png 向かい風を行く
総もくじ  3kaku_s_L.png 一緒にいようよ
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【死か降伏か 48】へ  【死か降伏か 50】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 現在非公開コメン卜投稿不可です。
  • 【死か降伏か 48】へ
  • 【死か降伏か 50】へ