「死か降伏か」
第三章 LOSE-LOSE

死か降伏か 47

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日差しの強さは相変わらずでも、渡る風に秋の気配が漂っている。
花村が、よしずに這わせた朝顔の種を摘んでいると、
佑輔が重い足を引きずるように濡れ縁から庭先に降りてきた。

「昨夜は、お休みになられましたか?」
「無理ですよ」
 
佑輔は首の裏に手を当てながら、はにかんだ。

昨夜は疲れた様子の千尋を早く眠らせてやりたくて、
寝たふりを決め込んだだけだった。
千尋はしばらく息を凝らし、天井をじっと見ていたが、やがて寝返りをうって
寝付いていた。
その規則正しい寝息を聞いているだけで、胸苦しいほど愛おしくなる。
寝汗で浴衣が張りついた背中に触れてみたくなる。
切なさが突き上げてきて、涙が出そうになっていた。

ほんのかすり傷でもこの人を、傷つける者は許さない。
なのに、この人の肌を撫でて噛んで、痛がるぐらい吸い上げて、
泣かしてしまいたくもなる。
情欲が全身を責めたてて、横になっても目を閉じても
眠れないまま白々と夜が明けていた。

佑輔は曖昧に笑んで誤魔化すと、枯れた朝顔の花を摘む花村の側に寄りながら、
言い訳のように言い足した。

「だって千尋さん、メチャクチャ寝相が悪いんです。
蹴られたり押されたりで、寝られたもんじゃありません。
あれで二十二なんて言ってますけど、本当は十歳なんじゃないですか?」
 
佑輔と花村の高笑いが同時に軽やかに庭に響き渡った。


着替えを持って戻ったときも、千尋はまだ蚊帳の中で和やかな寝息をたてていた。
浴衣の裾から太股を剥き出しにして、上掛けを抱えるように寝入っている。
脱力を誘う寝姿だ。
この寝汚い男が泣く子も黙る壬生浪に啖呵をきった喧嘩師だと、
いったい誰が思うだろう。
 
佑輔は膝立ちになって蚊帳をくぐり、千尋の顔にかかる紗の布をつまみ上げた。
桜の花びらの形をした可憐な上唇が半開きになり、白い歯がのそいていた。
千尋は自分のこの兎のような前歯を嫌い、
頑なに口を閉ざしている。

本当はこの歯がなにより愛らしいのに。好きなのに。
佑輔は千尋の頬に唇を寄せた。

可愛いと言われれば言われるほどに、むきになって隠したがる。
佑輔は千尋の頬に唇で軽く触れてみて、
起きるかどうか試してみた。

けれど、昨日はよほど疲れていたのか、千尋はこんこんと眠り続けている。
今度は額に接吻し、再び頬に口づけた。
二度目は肌を吸い上げる濡れた唇の音がした。

そして次は目蓋の際に、その後は汗ばんだ首筋に、
ついばむように唇を寄せるうち、
もう、どうなってもいい。この人の身体のいちばん奥深くまで凶暴な熱を穿ち込み、
罵られても喚かれても突き上げて、
奥の奥まで所有の証を撒き散らしてしまいたい。

燃えるような衝動に突き動かされて身を乗り出したその刹那、
千尋の目蓋が微かに震えて、強ばった。

口を吸ったら、水戸藩附家老久藤家の若殿だろうが蹴飛ばしてやる。
息をひそめて身構えていた千尋の頬に、
再び柔らかな接吻が降りてきた。
佑輔の熱い唇が肌をしっとりと吸い上げて、
幼い子供をあやすように優しく髪を撫でつけたのち、蚊帳を出ていく気配がした。




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