「死か降伏か」
第三章 LOSE-LOSE

死か降伏か 46

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「いいんですか?」
 
佑輔は目を見開いて問いかけた。
元々千尋は眠る時、野生動物な何かのように近くに人がいることを
極端に嫌うところがある。
だから、こうして同じ部屋で寝ることを許されるように
なっただけで、佑輔には大きな喜びだったのだ。

「いいさ、入れよ。蚊帳ん中のほうが涼しいだろう」

なんだかんだ言いながら、
誰よりも佑輔に甘いのは自分なのだと、千尋は自嘲を浮かべていた。
さすがに自分だけが蚊帳にいて、
佑輔を畳に直に寝かせているのは忍びない上に
落ち着かない。

まだ半信半疑の顔つきで蚊帳をくぐった彼のために、
寝ござの端へ移動する。
そして、蚊帳の隅に置かれていた予備の上掛けを黙って佑輔に
投げつけて、再びごろりと横になった。

おそらく佑輔が今夜は泊まっていくのだろうと、
気を利かせた花村が、佑輔の分の夜具も用意したらしい。
蚊帳の中には上掛けも枕も二人分揃っている。
それなのに寢ござだけは一人分。

そこまで『気を回す』ところが、また、花村らしさなのだろう。
こんな時は本当に、うちの番頭は人がいいのか悪いのか、時々疑いたくもなる。

千尋が先程と同じように佑輔には背を向けて、
自分の分の紗の上掛けを肩までたくしあげた時だった。
後ろで突然佑輔が吹き出して、肩越しに覗きこんできた。

「相変わらずなんですね」
「何が」
「千尋さんは、いつもそうして布団の端で口を隠して寝るんです。変な癖だな。
息苦しくないんですか?」
「なに言ってやがる」
「……こんな風に一緒に寝るのは久しぶりですね。この前、牢に入ったとき以来ですか?」
「嫌なことを思い出させるな」
「江戸にいた頃は一緒に寝てくれたこともあったのに。
京に来てから千尋さんは冷たくなった……」
 
恨みがましく語尾を濁した佑輔の息がうなじにかかる。
佑輔は立て肘をついて頭を支え、千尋の頬にかかる髪を撫でつけながら、
いつまでも顔を眺めている。

「一体、お前がいくつの時の話だ? それは。
まだ十か、そこらだったからじゃねえか。くだらねえこと言ってねえで、
とっとと寝ちまえ」
 
背中に伝わる肌の熱から逃げたくて、千尋は身体の向きを変えて突き放す。
窓辺の障子が月明かりに照らし出され、畳に格子の影が伸びていた。

蒸すように生温かい夏の夜の闇。
 
背中で互いの意思と無言で気配を探り合う。
間合いを図り合っている。
千尋は息苦しさに耐えかねて、そっと肩越しに振り向いた。
薄闇に紛れ、黒影になった背後の男は穏やかな寝息をたてている。
ちょうどその時、格子窓から入った夜風に運ばれて、
佑輔の汗の匂いに母親の乳のような甘い匂いが合わさって、
千尋の鼻孔をくすぐった。

体の中に日向をもった幼気な子供の肌の匂い。
こんな匂いがするうちは、自分たちはこれまで通りでいられるのだろう。
自分は今まで通り、傲慢で横柄な兄分で、
佑輔は渋々従う弟だ。
そうして何ひとつ変わることなく最後まで、佑輔の側に侍っていられる。
最後まで。

二人に残された時間があと僅かだとわかっていても、
千尋は安堵に胸を満たされて、仰向けになって息を吐いた。
そうして目元を腕で覆い、声を殺して忍び泣いた。




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