「死か降伏か」
第三章 LOSE-LOSE

死か降伏か 45

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路地に沿った通りの町屋の雨戸も閉ざされ、人通りも完全に途絶えた夜のしじま。
ようやく家に戻った千尋は、ぬるい仕舞い湯で汗を流し、
下帯姿に浴衣をだらしなく着崩して、
急こう配の階段を上り切る。
今日は早朝から才谷に会い、その後も一日中亰の町を駆けまわり、
息も絶え絶えの疲労困憊になっていた。

けれど、居室の襖を開けた刹那、覚醒したように目を見開いて身構える。

「誰……」

浴衣の帯に差していた脇差の柄に手を置いて、 
窓枠に腰かける人影に誰何しかけたが、すぐに気付いて構えを解いた。

「……来てたのか」
「ええ」
 
白絣の浴衣を着て、団扇でゆるく衿元を扇ぎながら、佑輔が千尋を横目にした。
その佑輔の視線で肌けた胸元を撫でられたような気になった。

「くどいな、お前も本当に」
 
千尋は耳だけ赤く染めながら、慌てて浴衣の前を合わせ、
むっとしたまま帯を締め直す。

「俺と堤さんが江戸を発つ時、ついて来るなら俺と堤さんのする事には
一切口を挟まない。俺には絶対服従する。
それから、お前の身分に配慮はしない。堤さんの門下生としてしか扱わない。
その約束だったはずだろう? それができなかったら江戸に還す。
お前は、それを全部承諾した上でついて来たんだ。
忘れたのか?」
「だから何も聞いていないじゃないですか。あなたが無事なら
私は、それでいいんです」

千尋と堤がどうしても自分を子供扱いしたいのなら。
部外者として扱おうとするのなら。
自分はこれからも武士として、自分にしかできない方法で千尋を守る盾になる。

静かに佑輔は窓辺を離れ、壁際に置かれた行灯の火を吹き消した。

途端に水のように青い蚊帳が、闇の中にほのかに明るく浮かんで見える。
どうやら佑輔は、『朝帰り』しなかったというだけで、
一応は気が済んだらしかった。
だから、このまま泊まるつもりでいるのだと、千尋は聞こえよがしに溜息を吐く。
 
いっそ追い帰したいところだが、
こんな夜更けに一人歩きもさせられない。
 
第一、まだ前髪の子供なのだ。
それなのに、いつのまにか護衛者ぶっていること自体が腹立たしい。
もちろん今では剣の腕も銃の腕も、佑輔にだけは敵わない。
あっというまに背丈も越され、肩幅も胸の厚みも日を追うごとに男のそれになっていく。

そんな佑輔に嫉妬も感じる。恐いとも思う。
そして、小憎らしいのに頼もしいとも思ってしまう。
それでいて心の奥にはもっと別の、
あってはならない執着のような欲もある。
こんな子供に、といいながら、そんな『子供』に獣じみた感情を
抱きつつある自分を千尋は嫌悪した。

そして、最後は絡まる感情の糸を自分で引きちぎるようにして、
「勝手にしろ」
と、吐き捨てた。

千尋は誰に怒っているのかもわからないまま四つ這いになって蚊帳をくぐり、
わざと佑輔に背を向けて、寢ござの上に横になった。
すると、佑輔もあえて距離を取るように、
窓辺に近い部屋の隅で横臥する気配がした。

水戸藩附家老久藤家の若殿様が布団も使わず、
雑魚寝に甘んじようとする。
そこまでして側にいようとしてくれる、ひたむきな情熱と頑固さを、
結局はいじらしいと思ってしまう。
ほだされてしまっている。
だから、千尋は自分で自分をどうすればいいのかわからない。

佑輔と、どうなりたいのか。
それだけはもう、わかってしまっている。
そして、それだけは許されないということも。

佑輔もまた、蚊帳に入った千尋がその身を横たえる微かな衣擦れの音にすら
あっけなく鼓動を煽られた。
首筋がかっと熱くなり、眠るどころか目が冴える。
それでも無理やり目を閉じて、千尋に対して寝たふりを決め込もうと
した時だ。

背中に団扇の柄の先のような物がコツンと当たり、
佑輔は声も立てずに驚いた。

「千尋さん……」

切なげに吐息をもらして振り向くと、
めくった蚊帳の裾から千尋が顔をのぞかせて、
人差し指を異人のようにピンと立て、千尋が佑輔を二回手招いた。




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