「死か降伏か」
第三章 LOSE-LOSE

死か降伏か 42

 ←死か降伏か 41 →死か降伏か 43
「おんし、どうしたがだ! いったい」

と、才谷は船場に寄せられた高瀬舟に追いついて、泡を食ったように声を張った。
ともあれ、舟縁から船場に降りようとする千尋に身を乗り出して手を掴み、
千尋を手前に引き寄せる。
そのはずみで千尋は才谷の厚い胸の中に倒れ込んだ。

「……さ、才谷さん?」

肩口に顔を埋めるように抱きしめられ、千尋は身動ぎながら当惑の声を出す。

「なんちゃあ……。おまん……」

千尋をこうして抱きしめていても、まだ胸が早鐘を打っている。
才谷は語尾を消え入らせ、思わず天を仰ぎ見た。

「げに、まっこと捕まってしもうたと思ったかや……」
「驚かせて、すみません。急いでたんです。
ちょうどいい具合に護送舟があったんで、
無理を言って……。
才谷さんがいらっしゃる伏見まで乗せてもらってきたんです」

千尋はふと、思い出したように高瀬舟を振り向いた。

「ご面倒をおかけしました。おかげ様で助かりました。
ありがとうございます」
 
才谷の胸の中から逃れ出て、
同舟していた牢屋奉行に向き直り、頭を下げて礼を述べる。
舟を牛耳る牢屋奉行は千尋の言葉に静かに目礼を返し、船頭の男を顎でしゃくって促した。
結局、舟は千尋を伏見に降ろしたきり、
再び大阪を目指して下り出した。

「……ほんに、驚かすなやあ。寿命が三年は縮んだやいか」
「申し訳ございませんでした。
そんな事情なものですから。今日はこんな見苦しい格好ですが、ご容赦下さい」

千尋は総髪をひっつめただけの緩い髷を指差して、
決まり悪げに、はにかんだ。
それにしても、土佐藩脱藩の罪人として追われる才谷が
荷積みで賑わう早朝の船場で悠然とキセルを吹かせているなんて。
面食らったのはこちらの方だと、千尋は背の高い才谷を見上げて苦笑した。
 
「ほがなことは気にしなって言うてるろう。それより何だ。
はや、おんしの耳にも入ったがか?」
「えっ?」
 
千尋は一瞬何のことだと目を剥いた。
だが、才谷は千尋からやや距離を取って居住まいを正し、
腰からふたつに折れるように頭を下げて言い足した。

「会津がとうとう薩摩と手を組んだ。しょうまっこと、おんしのお陰だ。
この通り、わしからも礼を申す」
「やめてください、本当に。
会津が薩摩と手を組めば、私にも益があるからしたまでのことです。
WIN-WINですよ、今回は」

その謝意も駆け引き込みの見せかけではなく、
才谷の心からの言葉であることも、
この男の、いわゆる『たらし』たる所以なのだろう。
 
千尋は武士の身分の才谷に頭を下げさせるだけで申し訳なく、
慌てて胸の前で手を振った。
けれもど、すぐにその顔を陰鬱に曇らせながら囁いた。

「でも、まだ肝心の朝廷がなびかないとか……」
 
荷積みにいそしむ人足や旅客で賑わう船場で二人は一見、
再会を喜ぶ知人同士に見えるだろう。
その一方で、千尋は前後左右に目を配らせて周囲を伺い、
決して警戒を怠らない。

才谷もまた、難しい顔でキセルを片手に船場の石段を上り始め、
船宿の陰に身をひそめた。




にほんブログ村
にほんブログ村 BL小説

小説投稿サイト【 カクヨム 】でも、
『東京ラプソディ』という、昭和初期のカフェーを舞台にした、レトロなBLを書いています。
東京ラプソディの【 カクヨム 】ページは→ こちら から 
スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ 3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ 3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ 3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ 3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ 3kaku_s_L.png 向かい風を行く
もくじ  3kaku_s_L.png 電子書籍関連
総もくじ  3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ  3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ  3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ  3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ  3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ  3kaku_s_L.png 向かい風を行く
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【死か降伏か 41】へ  【死か降伏か 43】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 現在非公開コメン卜投稿不可です。
  • 【死か降伏か 41】へ
  • 【死か降伏か 43】へ