「死か降伏か」
第二章 綾なす姦計

死か降伏か 40

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「あなたの話だと、私は会津藩に恩を売れば、壬生組からは解放される。
ですが、今度は長州を敵に回すことになります。
結局、誰かを敵に回すことになるんです。
あなた方は朝廷を切り崩せずに、こんな子供まで政局の道具にしようとしている。
違いますか?」
「その心配は無用です」
「なぜですか」
 
千尋が斜に視線を投げかけると、沖田はテーブルに肘をつき、顔の前で手を組んだ。
この涼しげな若者にしては珍しく、
狩りの最中のような獣の視線を執拗に千尋に注いできた。

「あなたが協力してくださるのなら話します」
「協力するかどうかは、その話とやら次第です」

皮肉な笑みを浮かべつつ、
千尋は隣で自分を凝視する佑輔の視線を、ひりつくように感じていた。

佑輔が事の成り行きが掴めずにいることだけは、わかっている。

ただ、肌を焼くような無言の凝視は自分への失望なのか非難なのか。
軽蔑なのか憤りなのか。佑輔の気持ちを確かめたいのに
確かめるのが恐かった。
こんな殺伐とした会話を笑いながらやってのける下品な自分。
あざといだけの姦計に身をやつしている醜いだけの裏の顔。
そんなものをこれ以上晒し続けていたくない。

だが、沖田は千尋が激高するほど、むしろ落ち着きはらって両手を組み、
口元に当てつつ言い述べる。

「長州藩は失脚します」
 
千尋の目だけを真正面からじっと見て、
追い込むように付け足した。

「朝廷が攻略できれば、長州藩士は京から一掃されることになる。
あなた方の身の安全は私が、そして壬生浪士組が保障します」
「沖田さん」
 
佑輔はテーブルの下で千尋に握られた手をすり抜けて、
おもむろに席を立つ。

「佑輔……?」
「それを聞いてしまったら、どのみち私も千尋さんも協力しないわけには
いかないんじゃないですか?」
 
佑輔は腰に大小を差し入れた。

「宮には慶勝公の小姓として、何度かお会い申し上げています。
公の名を出せば、今日中にでも接見して下さるはずですよ」
「……佑輔っ!」
 
そのまま座敷の外に出ようとする佑輔を、千尋は慌てて追おうとした。
けれど、襖の手前で不意に佑輔が振り返り、
千尋を恨みがましく睨み据えた。
 
「あなたが隠そうとするからじゃないですか」
 
慄く千尋を斬るような目で射抜いたまま、佑輔は訴える。
もうこれ以上、関係がないとは言わせない。
こんな子供に、などとも言わせはしない。
千尋が自分をそんなに蚊帳の外に置きたがるのなら、
自らの意思で蚊帳の中に飛び込んでいくまで。
それだけだ。

暗い鬼火が灯された佑輔の目を見上げたまま、
千尋は返す言葉も見つからず、j佑輔にただ圧倒されて棒立ちになる。
 
「わかりました」
 
やがて千尋は胸に溜まった鉛のような、重い息を肩で深々と吐き出した。

「朝廷の攻略は私がお引き受け致します。
今上帝の大和行幸を、思いとどまらせればいいんですね?」
「どうなさるおつもりです」
 
ただ一人テーブル席についていた沖田も最後に腰を上げ、
一歩前に進み出た。
千尋はそれを目で制し、声を一段低くした。

「あなたは中川宮をとおっしゃいましたが、
いくら公卿をせっついたところで、詮ないことです。
確かに中川宮親王は、公卿にしては策略家ではありますが、
親交の深い慶喜公を将軍職に推挙したのは、ご自身に利があると踏んだからです。
つまり、ご自身に利がないと踏めば、危ない橋を渡ったりなどするはずがない。
それが朝廷であり、公卿です」
 
沖田に食ってかかる千尋の顔には殺気がこもり、一挙手一投足にも激怒が宿る。
小柄な体中から立ちのぼる蒼い炎が目に見えるようだと、
沖田は圧倒されながら、美しいとさえ思っていた。

「そのかわり、あなたに一切佑輔は使わせない。それだけは申し受けたい。
よろしいですね!」

千尋は続いて佑輔の胸を人差し指で突いて言った。

「お前もだ、佑輔。俺が引き受けたからには、余計な手出しはするんじゃねえぞ。
わかったか!」
「千尋さん! ……ですが」
 
佑輔は反論しようとした。
けれど、千尋は振り返りもせず英語で聞くに堪えない罵詈雑言を吐き散らし、
座敷の襖を乱暴に開け放したまま出て行った。




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