「死か降伏か」
第二章 綾なす姦計

死か降伏か 35

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「何どすのん? それ。お汁粉みたい」
 
店の女中や下男に囲まれ、千尋がカマドの前で柄杓を持ち、
鍋の中身を混ぜている。
千尋に妹のように懐いている童の女中が千尋に肩を抱かれながら、
もの珍しげに鍋を覗きこんでいた。
童女はしきりに中身の匂いを嗅ぎ、千尋を見上げて愛らしく訊ねる。

「お豆さんどすか? 旦那はん」
「すごいな。よくわかったね」
「でも、実いが入ってはらしませんし。なんや、えろう焦げ臭い」
「すごいな。当たり。焦がした豆で作った飲み物だ」
「なら、黒豆茶どすな?」
「飲んでみるかい?」 

千尋は笑って柄杓を取った。
湯飲みに少量注がれた黒い汁に、童女が恐る恐る口を近づける。
すると、突然童女の頭の上から腕がぬっと伸びてきて、
湯飲みを奪われる。驚いて振り向いた童女の背後には、湯呑を手にした佑輔が
険しい顔で立っていた。
 
「あなたも悪ふざけがすぎますよ。こんな子供にコーヒーなんて
飲ませたら、体に悪いじゃないですか」

佑輔は千尋を厳しく叱りつけた。
だが、千尋は軽く肩をすくめただけだ。悪戯を親に見とがめられた少年のように
眉尻を下げて笑っている。

「ちゃんと砂糖で甘くしてある。さすがに亰では牛の乳までは
手に入らなかったんだ。仕方がないだろ。これでも、これだけの量の砂糖を
手に入れるのは結構苦労したんだぞ?」
 
愛らしく笑んだまま、
悪びれもせず柄杓で鍋底をすくいあげた。
そんな仕草も表情も何もかも可愛らしいと思ってしまう自分が
佑輔は忌々しくて腹が立つ。

「お前にも飲ませてやろうと思って貰ってきたんだ。頭の薬だ。
朝に飲めば目が冴えて、仕事がはかどる」
「頭の薬なら千尋さんが一番、お要り用じゃないですか?」

なにが頭の薬、だ。
佑輔は傲然と吐き捨てるなり、踵を返して土間を出た。
昨夜は千尋に馴染みの女がいると聞いて、一睡もできなかったのだ。

聞かされた時は茫然自失になってしまい、
後を追う事すら忘れていた。だが、我に返って一体どんな女が
千尋を奪っていったのか。
嫉妬と怒りで身を焦がし、どんな思いで朝を迎えたと思うのか。
佑輔は唇をひん曲げたまま、足早にその場を立ち去った。

自分が放った皮肉に反応したのか、投げつけられた柄杓が
柱に当たり、はね返る。佑輔はそれでも振り返りもせず足早に蔦屋を後にした。

千尋自身も佑輔が昨夜の嘘で怒っているのは承知の上だ。
だから、せめてもの償いに佑輔が好きなコーヒーを
希少ながらも才谷に伏して頼みこみ、
分けてもらってきたのにと、千尋も逆毛を立てた猫のようになっていた。

少しでも佑輔を喜ばせ、徐々に機嫌を直してもらう。
そのための苦心が何の功も奏しなかった。
思いがけなく佑輔に男の顔で詰め寄られ、『女ができた』と、咄嗟についた言い訳が、
今までになく佑輔を、怒らせてしまっているらしい。

千尋が一抹の不安に襲われていると、
廊下の方で花村が深刻な顔つきで千尋を目顔で呼びつけた。




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