「死か降伏か」
第二章 綾なす姦計

死か降伏か 33

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「出せますよ」
 
千尋はコーヒーミルのハンドルを持つ手を止めもせず、平然として言い切った。
それこそ明日にでも全額小判で用意する。
そう確約したも同然の声音であり、眼差しで才谷を圧倒した。

カマをかけたつもりだった才谷の方が牽制され、
二の句が継げずに絶句する。
その才谷が注視する中、千尋は嬉々として急須に濾紙ろしを敷き、
その上にミルで砕いた粉を盛った。

ただでさえ蒸す亰の夏座敷に才谷が持ちこんだ火鉢では炭がおこされ、
五徳ごとくに置かれた鉄瓶の口から白い蒸気が上っていた。
千尋はその鉄瓶の柄を持って、
濾紙に盛られた粉の上に、熱湯を細くゆっくり注ぎ入れた。

実に慣れた手つきだった。

確かに千尋は通詞として外国奉行に重用され
異人との交流も深いと、才谷も薩摩藩から聞いている。

その交流の証を目の前で、まざまざと見せつけらた気分になる。

才谷は、自分もなかなかに見聞の広い男だという自負はあった。
だが、自分なんぞ足元にも及ばない先駆者がここにいる。

もともと千尋は滑らかな白い肌といい、
額から高い鼻にかけての稜線も、くっきりとした大きな双眸も、
充分日本人離れした外見だ。
これで衣を異人風に改めさせ、黙らせておけば『異人』でも通ると言いたいところだが、
千尋は『しゃべらせても』、異人で通ってしまう男だった。


「まっこと……。怪物やな、おんしは」
 
と、胸の中にわだかまる嫉妬にも似た黒い靄もろともに、
才谷は、葉巻の煙を細く長く吐き出した。
敵わないものには、敵わない。負けを認めるべき時には負けた言う。
無闇にあがいて戦わないのが信条だ。

「なら、こちらで手を打とう」
「ありがとうございます」
 
千尋は鉄瓶を火鉢に戻して膝を揃え、才谷にあらためて額づいた。
ひとしきりの交渉を済ませて肩の荷の下りた千尋は、
うってかわって目元を和らげ、清水焼の茶碗に急須から
琥珀色の液体をなみなみと注ぎ入れた。
 
それを最初に才谷にすすめ、残りの茶碗を掌の中で揺らし、
その馥郁ふくいくとした香りを楽しむ。
 
「飲まんがか?」
「いいえ、頂きますよ。でも、猫舌なんです。すみません」
「なんだあ? 猫舌? いい歳してか?」
 
才谷は持参した羊羹ようかんを頬張ると、コーヒーを口に流し込む。
 
「おんしゃー酒も煙草もやりよらん。悪所通いもしやーせん。
根っからの甘党で、おまけに猫舌ときたか。
まるで童だ。おぼこいのう」
 
悪態をつく才谷に、千尋は姿勢を崩さず笑んでいる。
この生温いような微笑みの裏に、この男はまだどんな闇を覆い隠しているのだろう。
計り知れない気がしてくる。

「げに、おんしゃー、なんぼになった」
 
才谷は肩で深い息をつき、黒光りする床柱にもたれかかった。
窓の外に目をやれば、東山の黒影の果てに待宵まつよいの月が浮かんでいた。
千尋も羊羹とコーヒーを交互に口に運んで楽しんで、

「さあ」
 
と、他人事のように首を傾げる。

「さあ、……って。わからんことはないろうが」
「だって、私は親無しですから。とりあえず、二十二、三にしているだけです。
藩の奉行所に届けも出されていなかったんです。
調べようがありませんよ」
 
千尋は鼻のつけ根に皺を寄せ、
もう何のこだわりもないかのように己の身の上を一笑に伏した。




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