「死か降伏か」
第二章 綾なす姦計

死か降伏か 31

 ←死か降伏か 30 →死か降伏か 32
「佑輔!」
「なぜ、隠すんです! そんなに私は信用できない人間ですか……っ!?」

佑輔はもがく千尋の肩を掴み、板塀にきつく叩きつけた。
千尋が顔をしかめて声をもらし、
小さな頭が佑輔の腕の間で前後した。

「あなたは、いつもそうじゃないですか。
大事なことは私には何も言って下さらない。あなたは堤先生や花村さんと
私をいつも差別する。それは、……私だけ武士だからなんですか……?」

武士だからこそ、町人や学者の千尋たちを
助けることが自分にはできる。
守ることができると、これまで自負してきた。

それなのに、千尋の後ろには幕府の外国奉行が控えている。
その外国奉行の向こうには、英仏米蘭の連合国。
事実上、京都守護職の松平容保まつだいらかたもり以上の権威があると言っても
過言ではない。
千尋は自分なんぞに庇われなくても
その身を自身の力で守ることができるのだ。

だとしたら千尋にとって自分の存在意義は無にも等しい。
佑輔は唯一の拠り所だった自負を失い、揺らいでいた。

けれど肩口を板塀に押しつけて、どんなに責めても訴えても、
千尋は何も答えない。
ただ唇を固く引き結び、顔を背けているだけだ。

そんな千尋がやがてぬるいような笑みを浮かべ、おもむろに口を開いて
うそぶいた。

「だから、お前は子供だって言うんだ、俺は……」
「千尋さん……?」

床から花火を打ち上げて、華やかな舞妓衆を沸せているのは
江戸から亰に赴いた大名か旗本に違いない。
都人には、花火に馴染みがないからだ。
千尋は凍りついた佑輔の手を払いのけ、大通りまで走り出た。

「……女のところ、なんですか?」

後を追って出てきた佑輔の、絶望にも似た掠れた声が背後でした。

「そういうことだ……」
 
千尋は乱れた衿を忌々しげに整えて、憮然としながら言い放つ。
その子供のはずの前髪の、思いもかけない男の顔。
佑輔の腕の力強さと強引さ。
そんなものを垣間見せられ、千尋は四肢が震え出すのを感じていた。

だが、指の震えと動揺を隠そうとして背中を向けた、その時だ。
突然咳が出始めて、
むせびながら思わずその場で膝をつく。

「千尋さん……っ?」
 
柳の陰で激しくえづく千尋にすぐに駆け寄って、佑輔が肩に手をかけた。
千尋は気鬱きうつや疲労が重なると、喘息のがたまに出る。

「いけない、千尋さん。また咳が……」
 
肩で息を喘がせる千尋を抱き起こそうとした刹那、肘で鋭く振り払われる。

「だから俺に構うな! さっさと帰れ!」

花火の砲がするたびに、夜空と川面に極彩色の花が咲く。
家の中から出て来た女子供が、はしゃぎながら手を叩き、
茶屋の中からも見物人が顔を出す。

誰もかれもが天を見上げる人いきれの中、千尋は路地を俯いたまま駆け去った。


(注1)松平容保まつだいらかたもり
徳川家康の直系男子の子孫が始祖となっている)親藩しんぱん
会津松平家の当主




にほんブログ村
にほんブログ村 BL小説

小説投稿サイト【 カクヨム 】でも、
『東京ラプソディ』という、昭和初期のカフェーを舞台にした、レトロなBLを書いています。
東京ラプソディの【 カクヨム 】ページは→ こちら から
スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ 3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ 3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ 3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ 3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ 3kaku_s_L.png 向かい風を行く
もくじ  3kaku_s_L.png 電子書籍関連
総もくじ  3kaku_s_L.png ホワイトナイト
総もくじ  3kaku_s_L.png ほんとのことを言ってくれ
総もくじ  3kaku_s_L.png 夜のギヤマン
総もくじ  3kaku_s_L.png 死か降伏か
総もくじ  3kaku_s_L.png 咲かない桜の桜守
総もくじ  3kaku_s_L.png 向かい風を行く
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【死か降伏か 30】へ  【死か降伏か 32】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 現在非公開コメン卜投稿不可です。
  • 【死か降伏か 30】へ
  • 【死か降伏か 32】へ