「死か降伏か」
第二章 綾なす姦計

死か降伏か 30

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幸い今夜は晴れ満月。
千尋は提灯なしで、石畳の細い路地を急いでいた。

その合間にも、路地裏の縁台将棋にたかる旦那衆に、
蔦屋の馴染み客を見つければ、
千尋の方から声をかけ、挨拶を交わす社交は欠かさない。
そんな亰男たちが持ち込んだ蚊遣りの煙が袋小路にたれこめて、
ボヤのようになっていた。

江戸の隅田川と違って、京の川底はどこも浅い。
舟遊びをすることはできないが、代わりに水辺に床をゆか張り出し、
納涼をする。

北野天満宮の茶屋街でも芸者をあげたり、
自ら三味を奏でるなどして酒宴を楽しむ粋人すいじんで、床はどこも盛況だ。
重なりあう三味線の音に鼻歌を合わせ、
鴨川の川辺を歩いていると、
柳の影から突如として長身の男が現れて、千尋の行く手を遮った。
 
「随分と、ご機嫌じゃないですか」
 
はすに構えた佑輔が、驚く千尋を睨みつける。

「……佑輔」
「あの壬生浪たちに、あれだけの啖呵たんかを切った人が独り歩きするなんて。
不用心すぎますよ」
「……何の用だ」

いつから尾行されていたのだろう。店を出た時からか。途中で見かけたのか。
問い質しながら千尋は内心舌を打つ。
何にしろ、気がつけずにいた己の迂闊さに歯噛みした。

これがもし殺気だけなら身体の方が先に察知し、動いている。
けれど、佑輔の全身から漂う波動は慈愛であって、思慕だった。

千尋にとって、そんなものはこれまで無縁に近かった。
佑輔や堤や花村に会うまでは。
だから容易には感じ取れない。わからない。

無意識に腰を落として退く千尋を、佑輔は茶屋の板塀まで追いつめる。

「どちらまで行かれるんです。
お送りしますし、帰りは迎えにあがります」
 
背の高い佑輔は千尋を伏し目がちに見下ろして、限りなく静かな声で宣言した。
けれど千尋は煩わしげに眉間を曇らせ、言い返した。
 
「供なんざ要らねえよ。不用心なのはお前の方だ。とっとと帰れ」
「また私には言えないんですか? 千尋さん。あなただって狙われてるのは
御承知でしょう。それなのに、こんな危険を冒してまで、どこで誰に会うんです?」
「お前には関係ない。言う必要がどこにある」
 
これから誰に会うのかを、佑輔にだけは教えない。
それを彼が知ることで、佑輔に危険の火の粉が降りかかる。
千尋は何よりもそれを恐れていた。

一介の町人にすぎない自分を、水戸藩附家老久藤家の歴とした若殿が
こんなにも気遣い、慕ってくれる。
その無償の情に応える術があるのなら、
せめて佑輔の身の安全だけは図りたい。
千尋は行く手を阻む佑輔の傍らをすり抜けようとしたものの、
腕を掴んで戻された。




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