「死か降伏か」
第二章 綾なす姦計

死か降伏か 26

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千尋が八坂神社の門前で、昼食に屋台のうどんを啜っていると、
ポンと後ろから肩を叩かれた。
千尋が瞬時に腰の脇差に手を伸ばし、
一瞬箸を止めたのち、
肩越しに目だけを向けたその先に、見知らぬ男が立っていた。

「えらい評判でんなあ、あんさん」

と、砕けた口調で話し出し、満面に喜色をたたえている。
高価な薩摩上布の帷子さつまじょうふのかたびらに細い優美な本多髷ほんだまげ
どこぞの大店の若旦那といった風貌だ。

「俺にもカケ」
 
男は屋台の亭主に告げるなり、千尋の隣に腰かけた。
しかし、千尋はそのまま様子見を決め込んだ。
何がどう評判なのかも承知の上で黙っていたが、男はよほど機嫌がいいのだろう。
目の前に置かれたうどんを豪快に啜り、一方的に巻くしたてた。

「あの芹沢鴨に啖呵切ったんやて? あんさんひとりで手下、滅多切りにしたそうやないか」

うどんを啜る合間、合間に男は上目使いに千尋を見た。 

「ほんま豪気な御人やなあ。だいたいうちかて、どんだけ今まで押し借りされてきたと思います? 
みんな、仇討ってもろたて小躍りしてまっせ」
「ほんま、久々胸のつかえがすーっとおりた気い、しましたわ」 
 
屋台の親父も空の丼を濯ぎながら口を挟み、客の男と目と目をかわして頷き合う。
たとえどんな理不尽な押し借りだろうと、泣き寝入りするしか術のない
町人たちの代弁者であり、恨みつらみを晴らしてくれた若き勇者。
それが今の『蔦屋』だった。
 
千尋は男の話を聞きながら、どうとでもとれる微笑みを口元にだけ浮かべていた。

「これからは、うちもあんさんとこ贔屓にさせてもらお思て。あんじょう頼むわ」
 
ほな、と言い、男は千尋の分の代金も払い、上機嫌で去っていく。
千尋は弾むような足取りの浮かれた男の後ろ姿に一瞥をくれ、
苦笑しながら再びうどんを啜りあげた。


しかし、既に京の街の至るところに壬生浪が蔦屋に『討たれる』という、
勧善懲悪仕立ての瓦版が張られている。
土方ひじかたは無言で引それをき剥がし、丸めて鴨川へ投げ捨てた。


(注1)薩摩上布の帷子さつまじょうふのかたびら
裏の付いていない夏用の麻地の着物。
(注2)本多髷ほんだまげ
月代が広く中ぞりが大きく、髷自体はかなり細くした髪形。
洒落者の間で流行した。




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