「死か降伏か」
第二章 綾なす姦計

死か降伏か 25

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佑輔は不承不承ふしょうぶしょうに問いかける。
本当なら沖田と話などしたくもない。あの千尋が『特別』だという沖田など。

洗濯を終えた下帯を入れた盥を抱え、むっとしたまま井戸を離れようとした。
沖田は慌てて後を追い、
横に並び立とうとしたものの、はっと気がついて退いた。

身分が判明した以上、並んでは歩けない。
だが、あまりにも彼が浪人然として
ぬかるんだ路地にも、ひしめく裏長屋にも溶け込んでいるせいか、
つい年少の者に対する上からの物言いになっている。
沖田は我が身を戒めた。

すると、久藤佑輔に肩越しにちらりと一瞥をくれられて、
沖田は射抜かれたように瞠目し、二、三度軽く咳込んだ。
しかも彼の方から歩調を落とし、沖田に肩を並べて歩き出す。

そうして盗み見た前髪の彼は、やはり魅惑的に美しい。
単なる美小姓や美少年とは何かが違う。
沖田は漠然と湧き出た疑念に身を任せ、
正真正銘の浪人とも、平然と並んで歩く大名の子息に見入ってしまっていた。

黒目がちな目の際が小気味よく切れ上がり、鼻梁も涼しく、唇も薄い。
絹のように艶やかな髪。
白磁のような肌艶が、男雛を思わせた。
貴種きしゅだと思った。
ただ見目形が整っているというだけの美ではなく、彼は尊い。
別格だ。
そしてそこには理由はない。
もし彼が武士でなくても、自分はそう感じたに違いない。
その結論に思い至り、目の前が開けたような気がした時、傍らから
うんざりしたように告げられる。

「……そろそろ、こちらにいらした目的を話して下さい。
でなければ、私は家に入ります」
「あっ、……いえ、これは失礼。そうでした」

その貴種だけが持っている無言の圧に押し負かされてしまわぬよう、
沖田は居住まいを正して言い述べる。  

「油断なさらないことです」

と、彼の目を見て注意喚起を促した。
そして、怪訝そうに眉を寄せた佑輔に語気を強めて畳みかける。

「うちの幹部は執念深い」

幹部というのは、言うまでもなく近藤ではなく土方だ。
と、同時に、それまで頑ななまでに冷徹だった佑輔が動揺の色を顕わにする。
その瞬間、沖田は身震いするほど昂ぶる自分を
感じていた。

やっと、こちらを振り向いた。
ようやく高みに手をかけたような実感が体中をかけめぐり、
充足感がわいてくる。
まるで剣を交わした後のように。

だが、佑輔が引き戸を開けかけた長屋の軒下で
香箱座りをしていた白黒ぶちの太った猫が目を覚まし、
佑輔の足にじゃれついた。
その猫の甘える声に笑みをこぼして膝をつき、
慣れた手つきで猫の喉元をくすぐった。


「あなたは密偵なんですか?」
 
佑輔は猫を撫でつけながら失笑した。
 
「まさか、そんな……っ」
「じゃあなぜ、それを私におっしゃるのです」

沖田を仰ぎ見た前髪の向こうで切れ長の目が細められ、沖田を淫靡に煽りたてる。
言われてみれば、そうだった。

自分はどうして土方の心中にあるものを
一刻でも早く伝えなければと、こんなに焦って来たのだろう。
全身の肌がぞっと妖しく総毛立つのを感じながら、
沖田は頭上で一斉に鳴きはじめた蝉の声を、やけに近くに感じていた。




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