「死か降伏か」
第二章 綾なす姦計

死か降伏か 24

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佑輔は裏長屋の井戸端にたらいを置き、
自分の下帯を慣れた手つきで洗い出した。
塾長の堤が洋学塾兼住居にしていた一軒家が火付けに合い、
住む家を失った門下生一同は次の借家が見つかるまで、
借り住処すまいとして、蔦屋からも程近い長屋に移り住んでいた。

灰汁あくを使って下帯を洗う佑輔の前に大小だいしょうを帯に差した男が無言で現れて、洗濯をする佑輔の顔に影をさした。
 
「あなたは、そんなことまで御自分でなさるのですか?」
 
沖田はとがめるように問いかけた。
彼は今でこそ浪士のように暮らしてはいるが、
水戸藩附家老久藤家といえば譜代大名ふだいだいみょうの名門だ。
その若殿様が人目もはばからず洗濯などして家名に泥を塗る気かと、
沖田は言外に非難した。
 
しかし、当の佑輔は黙したまま上目使いに沖田を見て、再び盥に目を移す。
そんな佑輔に、更に沖田はいきり立って進言した。
 
「なぜ、下女の一人も付けないのです。あなたの塾長はいったい何を考えていらっしゃる。
少なくとも、あなたではなく門下生にさせるべきです。そんなこと」

沖田には彼が不当に辱められているようで、無性に腹が立っていた。
嘆かわしいとすら感じていた。
それでもどこ吹く風で佑輔は、洗い終えた数本の下帯を硬く絞り、
盥に戻して腰を上げた。

「洋学塾に手伝いに来る都人みやこびとなんて、いませんよ。
何といっても千年の王城ですからね。江戸と違って、
尊王派の長州贔屓ちょうしゅうびいきの人たちが多いんです。
私たちなんぞ夷狄いてきも同然なんでしょう。
そんな洋学塾に勤めに出れば、『他所よそさんから何言われるかわからへんえ』。
そう思っているんじゃないですか?」
 
佑輔は腰に手を当て、皮肉混じりに京都弁を披露した。
 
「それに、洋学塾では塾長も門下生も身分によらず、みな平等に接します。
それが堤の信念ですし、私たち門下生の理念でもあるのです。
ですから、堤も私も当番になれば掃除もしますし、洗濯もします。
私は江戸を出る際、その約束で堤の門下生になったんです。ですから、安易に堤を
批判しないで頂きたい」

佑輔は毅然として釘をさし、盥を脇に抱え上げた。
裏長屋ではあるものの、堤と自分が同居する棟は二階屋で
物干し台も付いている。
洗濯物も、長屋の住人が共同で用いる井戸端の竿ではなく、
二階の物干し竿に干すことができるだけでも有り難い。
裏長屋でも比較的整った部類に入るだろう。

つまり、堤は沖田が考える以上に『配慮』してくれている。


これまで亰の洋学塾では、自分は『主家を失くした浪士の三男』だと身分を偽り、
一門下生として暮らしてきた。
しかし、不本意ながら芹沢鴨の襲撃に会い、京都町奉行所の与力の本間に
素性を明かされる事態に陥った。

そのため洋学塾の門下生には知れ渡る所となってしまっていたものの、
堤は自分をこれまで通り一門下生として接するよう、
同志にも言い含めてくれたのだ。
その甲斐あって、自分は変わらず千尋の側に居続けることができている。


千尋と堤が二人して江戸から亰へ移ると聞いた際、
佑輔は、もちろん自分もついて行くと主張した。
けれど千尋は頑なに拒否をした。

お前は江戸に留まって、慶喜公の小姓としての務めを全うしろ。
何度も千尋に突き放され、傷ついた過去を思い出す。

それでも離れないと言い張る自分を何とかして、諦めさせようとしたのだろう。
千尋は無理難題を次から次へとふっかけた。

ついて来るというのなら、大名の子息としては遇しない。
供も付けない。女中も付けない。
堤の洋学塾の門下生と同等に扱い、大部屋で寝起きをさせる等々だ。
洗濯ひとつ取ってみても、
水戸藩附家老久藤家という大名の子息として育てられた自分には、
到底できるはずもないことと千尋自身が予測した、
『身の回りの雑用は自分で行う』という条件だ。

さすがにそこまでさせると言えば、承服しないと考えたのかもしれないが、
千尋の側にいられるのなら、洗濯だろうと肥汲みだろうとしてみせる。

佑輔は千尋の側を離れることに比べれば、
自らの手で下帯を洗って干すなどたやすいことだと胸の中で失笑した。

「……で、あなたは何の御用です?」


(注1)譜代大名ふだいだいみょう
関ヶ原の戦い以前から徳川家に仕えた家臣。
老中など幕政の中枢を担っていた。
(注2)浪士
御家断絶などで主家を失った元家臣。
中には自ら脱藩する者もいたが、その場合は咎人として扱われた。
身分は武士であり、大小の帯刀は許されている。
新たな主家が見つからない場合、豪商の用心棒などで生計を
たてていた。
(注3)夷狄いてき
野蛮人。幕末には軍事力で開国を迫る外国人を敵意をもって呼ぶ際に用いた言葉。




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