「死か降伏か」
第二章 綾なす姦計

死か降伏か 22

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難儀なんぎどしたなあ、ほんまに」
 
佑輔が無残に焼け落ちた一軒家の落ちた瓦や重なる建具たてぐを拾い上げ、
手押し車に投げていると、
見知らぬ新造しんぞうから不意に声をかけられた。
 
堤が塾長を務める洋学塾の学舎だった借家が付け火に合い、
全焼してしまったからだった。
牢屋敷に収容された千尋と自分を助けるため、
堤が京都守護職に目通りを願い出て、
夜通し亰の町を奔走していた留守をつかれた凶事だった。
 
「火付けの下手人は見つからはったん?」
「いいえ」
 
佑輔は苦笑した。

「どうせ、どこの誰ともわからない攘夷じょうい浪士の仕業です」
 
佑輔は明朗快活に答えつつ、
煤と汗で真っ黒になった顔を手ぬぐいで拭いた。

自分が水戸藩附家老久藤家の三男だと知る者は、
千尋と洋学塾の塾長の堤。蔦屋の番頭で、以前は堤の門下生だった花村や、
京都町奉行所の与力の本間。後は京都所司代や京都守護職の松平容保まつだいらかたもりといった、
数名の身内か、ごく限られた役職の人物だ。
この年若い新造も、自分を門下生の一人として話しかけているにすぎないはず。

そして、佑輔にはそれが嬉しかった。
大名家の子息ではなく、千尋や堤や同志の門下生たちと同等に遇される。
それが、今は佑輔にとってかけがえのない悦びだ。


「洋学塾の先生しはるんのも命がけやね」
 
新造は重そうに抱えていたスイカを、ぐいと佑輔に押しつける。

「これ、冷やしといたし。すぐ食べられるから。
気落ちせんと、元気出さはって」 
 
とまどう佑輔の肩を叩き、下駄の歯音を鳴らしながら足早に去っていった。
その後ろ姿を唖然としたまま見送って、
佑輔は手押し車の引き手に腰をかけ、キセルをふかす塾長の堤に話しかけた。

「珍しいこともあるもんですね」
「うまそうなスイカだな。いい頃合いに熟れてそうだ」
「初めてですよ。京に来て、あんな風に話しかけてもらったのは」
「同情してくれてるんだろう」
 
堤は気だるげに立ち上がり、濡れそぼる畳の上に残された洋学書を取りに行く。
試しに中を見てみたが、
頁も焼け焦げ、印字もにじんでしまっていた。
大きく溜息を吐いて空を仰ぎ見ると、骨組みだけが残された屋根の向こうに
夏の青空がどこまでも澄んで広がって、
己の無力さを知らしめる。
堤は力なく微笑んだ。

「千尋ん所で、ちょっくら包丁とまな板借りて来いや」
 
あえて軽妙に門下生としての佑輔に言った。

佑輔の言葉ではないが、
攘夷じょういを御望みであるとする
孝明天皇の御膝元で洋学塾を開くなど、尊王攘夷派の浪士にしてみれば国賊だ。
本来なら付け火は重罪でありながら
帝の御意向の手前もあり、捨て置かれてしかるべき案件だ。

だが、佑輔は江戸の将軍後見職たる慶喜公より命を受け
御預り申し上げた水戸藩附家老家の三男だ。
その佑輔も同居する学舎兼住居の一軒家が焼かれたのだ。

単なる私塾が攘夷浪士の標的にされたにすぎない話では終わらない。

堤は京都守護職松平容保まつだいらかたもり公にも、
慶喜公に報告だけでもするべきだと、佑輔に提言した。
だが、当の佑輔に半狂乱で抵抗され、断念せざるを得なかった。

先日の芹沢鴨の一件は、計らずも容保公に御沙汰を願い出る騒ぎに
なってしまっていた。
遠からず、慶喜公の耳にも入るだろう。
その上、付け火のことまで知られたら、自分は慶喜公に江戸に連れ戻されてしまうに違いない。
今は公の特別の赦しを得て、堤の洋学塾の一門下生となり
千尋の側にいることができる。
頼むから京都町奉行にも口止めし、容保公にも慶喜公にも
内密にしてくれと縋りつかれてしまっていた。


「嫌ですよ。私は今、後片付けで手一杯なんですから。
スイカなんて後で食べればいいでしょう」
 
堤が今後の身の処し方に一人思いを馳せていると、
千尋の店にまな板を取りに行くよう言われた佑輔が吐き捨てる。
佑輔はスイカを庭の植栽の影に置き、
堤に当てこするように背を向けて、
食器や寝具など、焼かれた家の残骸を荷車に乱暴に投げつける。
 
「いつまで、ガキみてえにむくれてるんだ。いい加減に機嫌を直せ」
「別に、むくれてなんていませんよ」
「千尋には千尋の考えがあるんだろう。なにも幕府の通詞だったってことを
お前に知らせなかったのは、お前をないがしろにしてた訳じゃねえ。千尋はお前の身の安全を
誰よりも親身になって考えてる。その上での判断なんだ。わかってやれ」
「わかっていますよ、そんなこと」
 
佑輔は堤と目も合わせずに言い捨てた。

「慶喜様には慶事様の、千尋さんには千尋さんのお考えがあって、
私には内密にしていらしてたんでしょう。
堤さんも花村も御存じだったそうですが。
千尋さんから私には、その『お考え』すら、おっしゃっては頂けないのは、
私が未熟者だからなんでしょう」
 
わかっていると告げる言葉の端々に刺々しさをにじませつつ、
佑輔は荷車を押して裏門を出て行った。
堤が幅広の肩を力なく落とし、項垂れながら深い溜息を吐いた時、

「久藤さんは傷ついていらっしゃるんです。当然じゃないですか」
 
蔦屋で番頭を勤める花村が、包丁とまな板を携えながら立っていた。

「……花村」
「私にはわかる気がするなあ。久藤さんの悔しい気持ち」

したり顔で微笑んで、
花村は植栽の影に置かれたスイカを持ち上げる。


(注1))新造しんぞう
一般には他人の妻女。また、広く若い未婚の女性をさしても使われる。
(注2)攘夷じょうい
外国の勢力を実力行使で追い払うこと。鎖国支持派思想。
(注3)尊王
幕府より天皇の権威を重んじる考え。



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