「死か降伏か」
第一章 OBEY

死か降伏か 18

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「この鼻を、この鼻をへし折ってやる!」

堤は、鴨居に両手を掛けてぶら下がる
千尋の鼻の頭を鷲掴みにして、ひねりあげた。
千尋も子供のようにわめきたて、堤の肩を押し戻そうと悶絶する。

そうして座敷の内と外とで掴みあう二人の男の喧騒に、
ようやく佑輔も目を覚まし、呆れたような声を出した。

「……堤先生」

佑輔は布団の上で茫然として問いかける。
しかし、堤は肉感的な唇を硬く『への字』に引き結び、ずかずか座敷に入ってきた。

「うるせえ! 帰るぞ!」
「ですが、先生。私たちには詮議がまだ……」
「詮議なんぞするまでもない。こいつに手え出せば、
幕府の外国奉行が黙っちゃいねえ」

堤は蚊帳をはぐって佑輔の手を掴み取り、
中から引きずり出して千尋を見た。だが、千尋は何も答えずに、
にやにや笑っているだけだ。

「……外国奉行?」
「そうだろ? 千尋」

怪訝そうに呟く佑輔の声と忌々しげな堤の声が交差した。

「幕府だって壬生浪なんぞと引き換えに(注1)米英蘭仏、敵に回したかねえだろう」
「待って下さい。どういう意味です? 千尋さんがどうして幕府の外国奉行など」

千尋は一介の呉服屋だ。
そのただの町人に手を出せば、どうして幕府が擁護に動くというのだろう。
外国奉行は黒船ペリー来航以来、幕府に新たに設けられた
他国との外交の中枢部。
 
しかも堤によれば、その外国奉行が町人の千尋を重臣のように
重んじているかのような口ぶりだ。
堤に引きずられながら座敷を出て、佑輔は問いただすように振り向いた。
この畳敷きの廊下を直進すると、棟にひとつだけ設けられた玄関がある。

その揚座敷の玄関の鉄の扉にかんぬきをさし、鍵をかけて見張る門番が
通常は二人立っている。
だが、今朝はその門番も既に扉を開け放ち、
堤と千尋と佑輔が獄舎を出るのを待っていた。
 
「教えて下さい、千尋さん……っ!」

佑輔は最後に悲鳴じみた声を上げた。
それでも千尋は南の縁へ移動して、
障子を左右に開け放ち、朝日に向かって晴れ晴れとした伸びをした。 


(注1)米英蘭仏
アメリカ・イギリス・オランダ・フランスの連合国。
当時、長崎・函館・横浜以外にも
更に日本に多地域の開港と貿易を迫っていた。




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