「死か降伏か」
第一章 OBEY

死か降伏か 16

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寝転がる千尋を団扇でゆるく扇ぎながら、佑輔は細いうなじに浮いた傷にそっと触れた。
壬生浪士組でも秀でて剣の腕が立つという、
あの沖田とかいう男がつけた傷だった。

夜目にも白い、絹のような肌理の肌。
触れた指から流れ込んでくるような、千尋の身体の温かさ。
佑輔は、にわかに逸る胸の鼓動を押し殺しながら囁いた。

「痛くありませんか……?」
「たいした傷しゃねえよ、こんなのは」
「……千尋さんの詮議は、どうなるんでしょう。京都町奉行所が下す御触れによりますが」
「さあな」
「とにかく、芹沢側から抜いたことを立証しなければなりません」

町人でも脇差であれば、正当防衛に限っての抜刀が許される。
しかし、斬った人数が尋常ではない。
果たして正当防衛で言い逃れができるのか。
しかも、詮議の際には証言する者が必要だ。

「壬生浪を敵にまわすような証言を、わざわざしたがる奴はいねえだろう」

佑輔の憂苦を読み取ったように、千尋は他人事のように吐き捨てた。
そして、千尋の処遇を案じる佑輔の心配をよそに
当の本人は犬のように大あくびをして仰向けになる。
佑輔はこれ以上問い質しても無駄だと悟り、自分ひとりで思案した。

水戸藩附家老ふかろう久藤家の三男で、
徳川慶喜とくがわよしのぶ公の覚えもめでたい自分なら、
せいぜい(注1)評定所ひょうじょうしょから(注2)叱りを受ける程度のはず。
もちろん、その慶喜公に直訴して、千尋の免罪を乞うこともできるだろう。
だが、特赦とくしゃをされれば千尋はすぐに、自分が何らかの働きかけをしたことを悟り、
激怒するに違いない。
佑輔は、腕枕で寝息をたて始めた千尋の背中に目をやった。

誰よりも高潔なこの人が、自分なんぞの借りを受け、
ここから出たいと考えるはずもないことは、誰よりも自分がわかっている。

とはいえ、何としてでも千尋を獄から無傷なままで救いたい。
そもそも、芹沢鴨や沖田総司などという無頼ぶらいの輩が押し借りに来た罪こそ
問われてしかるべき。
寝入った千尋をゆっくり扇いでやるたびに、
蚊遣りの煙が左右に揺れた。

佑輔は、千尋をこんな目に合わせた壬生狼を心の底から嫌悪した。

中でも千尋の肌を傷つけた、あの男だけは許さない。
佑輔は刀を交わした総髪の、涼しい目をした沖田の面差しを脳裏に浮かべ
固く心に誓っていた。


(注1)評定所ひょうじょうしょ
罪を犯した御家人や旗本、大名を裁く為の司法機関。
軽い罪であれば、咎人とがびとが罪を犯した場所の藩の大目付おおめつけが裁いたが、殺傷事件などの重罪は、
江戸幕府の中枢機関にあたる評定所が沙汰をした。
(注2)叱り
口頭での厳重注意




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