「死か降伏か」
第一章 OBEY

死か降伏か 15

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「歴とした水戸藩附家老ふかろう久藤家の若殿様は」

千尋は牢屋敷の獄舎ごくしゃの壁にもたれかかり、
立てた片膝に肘を預けたまま、嘲笑混じりにうそぶいた。

「蔦屋を兄とも師とも健気に慕う者らしい」
「千尋さん」

書卓に向かっていた佑輔が居直って、開いた本を閉じて言う。

「嘘も方便というものです。本気にしてもらっては困ります」
 
いかにも不本意言わんとばかりに眉を寄せ、からかう千尋に反論した。
それでも千尋は噛みつく佑輔を一笑に伏して、
ゴロリと腕枕で横になる。

町人であれ武士であれ、囚人は牢屋敷内の各獄舎に身分別に収監され、
町奉行所の(注1)沙汰さたを待つ。
その間、本来ならば町人は板敷きの大牢たいろうに大人数で押し込められ、
膝を抱えて眠ることしかできない身分。
にも関わらず、佑輔は京都町奉行の与力の本間に例のごとく懇願した。

始めのうちは媚びて甘え、最後は半ば強請るように、
上級武家や僧侶が入る揚座敷あがりざしき
町人の自分も入れさせた。
頑として拒否すれば、それなら共に大牢に入ると言い出す始末だ。
手に負えない。

そして、そんな佑輔のわがままに誰より弱いのは自分だという自覚がある。
わかっているから、尚のこと腹が立つ。
千尋は肘枕で横臥したまま黙り込んだ。

雑居も禁じられた揚座敷あがりざしきは、
二人以外に『先客』はない。
町人や御家人以下の武士達が収容される獄舎とは別に、
揚座敷は牢屋敷の裏門近くに独立した棟として、
設けられているからだ。

その上、大牢が板間敷きなら、
揚座敷は畳敷き。
居間は七畳ほどしかないものの、書院造りで飾り棚も床の間もある。
文卓で書をしたためることも許される。

南向きの障子の向こうには縁があり、
塀で囲われているものの、縁から庭に下りることまでできるのだ。
その縁の突き当たりにはかわやもあり、風呂もある。
風呂など牢を出るまで使えない囚人が鮨詰めにされた悪臭漂う大牢は、
その牢内に厠が置かれている。
そのため、大方の囚人は疫病に侵されて、沙汰よりも早く病死する。

一方の揚座敷には寢支度として蚊帳が吊られ、
中には絹の夜具が敷かれている。
食事も本膳で供される。
千尋にしてみれば、獄舎というより武家屋敷そのものだ。

どの家の誰の子に生まれたか。
ただそれだけの話なのに、その運と不運が人の処遇を死ぬ瞬間まで徹底的に差別する。

なぜ、それを誰もが良しとするのか、わからない。
異を唱えようともしないのかが、わからない。
千尋は臭いものでも嗅がされたように顔をしかめ、胸の中で反吐を吐いた。

黒いものを白と言えば罪に問われ、自分のように捕縛される者もいれば、
黒いものを白と言っても放免される者もいる。
京都町奉行の与力など、意のままにすることができる佑輔のように。

千尋は胸苦しさに堪えかねて、大きく肩で息を吸い、
口から長々と吐き出した。

自分には、佑輔が許せない。
彼が有する特権が、圧倒的なまでの力がどうしても許せない。
人としての佑輔はこんなにも近いのに、彼の身分が自分から佑輔を遠ざける。

もちろん、彼が絶大な権力者であることは彼自身の罪ではない。
ただ、水戸藩附家老ふかろう久藤家の三男として
生を受けただけのこと。ただ、それだけのことだった。
ただ、それだけのことが、
どうすることもできない溝が、どうすることもできないからこそ、
胸に湧くのは苛立たしさと哀しみだけ。

もし、その溝を埋める手段があるのなら、
生まれ持った身分が有する特権を、はるかにしのぐ唯一無二の力を得て、
歪んだ掟ごと身分制度を一掃する。
千尋は、それしかないと思っている。

だが、その歪んだ掟にのっとって、武家の佑輔は手厚く庇護され、生きている。

考えても考えても矛盾はふくれる一方で、
頭ごと破裂しそうになりかける。と、その時、そんな千尋を背後から
佑輔が団扇で風を送ってきた。


(注1)沙汰さた
判決のこと



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